【母里月槍(もりげっそう)】

その起源は古く日本の16世紀末にまで遡る
戦国時代、黒田家の重鎮として藩の礎を築いた猛将・母里太兵衛が、
戦場において生涯最大の不覚を取り窮地に陥ったのは、
壬辰倭乱(慶長の役)の時の出来事である

大韓帝国禁軍の呉信右将軍が率いる屈強な兵達に四方八方を取り囲まれ、
絶体絶命の危機に立たされていた太兵衛は、
「古今無双の名槍」と明国にまで名の轟く「朧月」を打ち捨て、
まさに這々の体で命からがら戦場から逃げ出したのである

母里軍を打ち破り朧月を戦利品とした呉将軍麾下の軍は大いに奮い立ち、
遂には悪辣な秀吉軍を朝鮮半島から駆逐するに至るのである
その快挙に朝鮮民衆は「母里の月槍(を奪い取った英雄)!」と、
呉将軍への喝采と賛辞を惜しまなかったという

現代においても筋骨隆々たる呉将軍の姿を模した像に
「モルゲッソヨ!」と声を掛け大韓帝国の栄光を知らしめるのが
韓国の厳冬期の風物詩として定着しているのは殊に有名である


ー 民明書房刊「目指せ億万長者!ビットコイン取引99の奥義」より ー