とある数年前の猛吹雪の午後、傷の疼きと空腹に苛まれて、俺は森の斜面にある洞穴に数日間身を隠していた。
憔悴する肉体とは裏腹に、俺の神経は野獣と化し、敵の気配を物色し始める。
来た!洞穴の入口から犬と一緒にこっちを見ている、ガチムチ筋肉野郎を発見。
……俺はそのガチムチ野郎の出で立ちに見覚えがあった。
先日、丁度アラスカ入りした時、街の郊外で見かけたイヌイットだ。
その後色々あって、俺は命を狙われ深傷を負ってしまったんだ。
刺客じゃしょうがないな、道連れにしてやろうとも思った。
しかし、あの全身から発せられる「俺と同じ雰囲気」には抗い難い。
それに、万が一刺客でない可能性もある。
よし、殺るぜ!俺は力を振り絞り、ガチムチ野郎にナイフを向けた。
「………」
俺を狙っていると分かってる奴に刃を向けるのは初めてではないが、不覚にも手が震えた。
「ゴルゴ13、悪魔すら恐れると言われる貴様も年貢の納め時だな…死ね!!」
俺の予想では、イヌイット野郎はこう言う筈だった。しかし、現実は…。
「深傷を負っているのに誰にも頼らず、誰も信用しない男のようだな……
やつれた顔から見て四、五日は食料も口にしておるまい…ほら」
なんと言う事か……。雄野郎は俺に大きい骨付き肉を投げて寄越すと、
「厳しいアラスカで生き抜くイヌイットには、死に瀕してる者がいてそれを見殺しにしてはならぬと言う掟がある」
「恩義に感じる事は無いぞ。あんたに生命力と運があれば、この雪の中でも生き抜けるだろう…」と言い残しどこかへ行ってしまった。
身体に広がる安堵と、もやもやした得体の知れない感情に耐えながら、俺は肉をむさぼり食った。
そうだ、俺はただ生き延びたかったんじゃない。
俺はあのイヌイット兄貴に生かされた……そして再び出会い決着をつける宿命なのだ、と。
まだ俺自身未熟だったあの頃を思い出し、今度の仕事の標的があのイヌイット兄貴と知って、俺の心から複雑な思いが溢れた。

セリフ元ネタ…ゴルゴ13『極北のテロル』(2008年)