『月刊平凡』1974年2月号の自叙伝で、
「小学校に入ったばかりの頃、もうぼくはミュージシャンになりたいと思っていた。歌手ではない、ミュージシャンだ」と話している。
結構なワルで小さな頃は喧嘩ざんまい。中学では縄張り争いを繰り広げ「売られた喧嘩で負けたことはいっぺんもない」と豪語した。
自宅前の荒神陸橋によじ登ったり、無免で単車を乗り回しお巡りさんに何度も油を搾られた。
高一のときには、駅のトイレで他校生15人からリンチを受け、兄貴と仲間で仕返ししたこともある。