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全米選手権の男子百メートルを制したライルズ(左=AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】陸上の日本選手権・男子百メートル決勝で山縣亮太(26=セイコー)が10秒05で優勝したのは6月23日。日本では生中継されていたこともあって大きな注目を集めたレースとなった。

 ただし多くの方が認識しているように、日本はこの種目の“世界の中心”ではない。なにしろその前日に行われた全米選手権の同種目では、20歳のノア・ライルズが今季世界最高で自己ベストの9秒88で初優勝。
「まさか自分にとって全米選手権の最初の優勝が百メートルになるとは思わなかった」と本人が語ったように、去年まで200メートルを得意にしていたスプリンターがトップでフィニッシュしてしまった。

 今年の5月26日。ライルズは二百メートルで今季世界最高に並ぶ19秒69をマーク。かつて米スプリント界を引っ張ったタイソン・ゲイ(35)を指導したことでも知られるランス・ブラウマン・コーチの下、ライルズはめきめきと頭角を現してきた。

 ライルズは日本のサニブラウン・ハキーム(19)が所属するフロリダ大に入学したものの、2016年7月にプロ転向を表明。日本の人気漫画「ドラゴンボール」に登場する技「かめはめ波(米国ではSpirit・Bomb)」や、映画「スターウォーズ」で有名なライトセーバーのポーズなどで
“絵になるアスリート”として知名度を高めてきた。プロになって意識が高まったのか、百メートルの自己ベストはこの2年間で0秒28、二百メートルは0秒38もアップ。まだ伸びしろを残している雰囲気が漂っている。

 1メートル78、73キロと決して大柄な選手ではなく、しかもスタートとが苦手という弱点を抱えているスプリンターだが、20歳で全米選手権の百メートルを制したのは、1984年のサム・グラディ
(ロサンゼルス五輪同種目で銀メダル=その後NFL入り)以来、34年ぶり。21歳を前にして百メートルで9秒台をマークし、さらに二百メートルで19秒80を切ったのはヨハン・ブレイク(ジャマイカ)以来、史上2人目の快挙となった。

 引退したウサイン・ボルト(ジャマイカ)の全盛期を思い起こさせる後半の加速力がライルズの武器。「二百メートルのスペシャリストと思われがちだけど、
自分にとっては百メートルも大好きな種目。どちらも世界を象徴する選手になりたい」と、しばらくは短距離二種目で“世界の中心”にいることだろう。

 さてその全米選手権決勝が行われた6月22日、スペインのマドリードで行われた競技会では中国の蘇炳添(29)が9秒91をマーク。ナイジェリア出身のフェミ・オグノデ(27=カタール)が保持していたアジア記録に並ぶ好記録だった。

 私が驚いたのはすでに実力者として知られている蘇炳添のタイムではない。実はこのレースで9秒99をマークして2位となった若者がいた。
米国のライルズと同じ20歳。昨年までの自己ベストは10秒15だったが、20歳となって7日目で10秒の壁を突破してきたのだ。

 それがイタリアのフィリッポ・トルトゥ。ライルズとは違って1メートル87という長身のスプリンターで、イタリア選手としては初めて9秒台を記録して注目を集めた。

 ボルトが引退して陸上男子短距離界の勢力図は少しずつ変化。おそらく東京五輪までその傾向は続くだろう。さて誰がボルトの後継者なのか?米国にもイタリアにも有能な20歳が出現している。日本記録は桐生祥秀(22=日本生命)
がマークした9秒98だが、東京五輪までこの記録が何度も更新されることを切に願う。思った以上に世界には“若きボルト”がいることをお忘れなく。そうでないと「かめはめ波」に吹き飛ばされますよ!
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2018/06/28/kiji/20180627s00056000187000c.html
 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、
マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
[ 2018年6月28日 09:00 ]