関門地域と東アジアの文化交流の歴史を学ぶ「古代史シンポジウムinしものせき」が15日、山口県下関市の海峡メッセ下関で開かれた。
5回目となる今回は「海で繋(つな)がる弥生人」をテーマに、研究者らによる講演と、パネルディスカッションがあった。

 NPO法人「人類学研究機構」の松下真実氏は、朝鮮半島南部と九州・山口地域の遺跡から出土した人骨を対象に、身長や頭蓋骨の形状などを分析した。
縄文人に比べ、弥生人は地域差が大きかった。松下氏は「弥生時代は渡来人の(交流の)濃淡によって、地域差が生じた」と自説を紹介した。

 鳥取県文化政策課の河合章行氏は、山陰地方で出土する土器や宝飾用の玉から、交流の歴史をひもといた。
「弥生時代後期には山陰と同じ土器や玉が、北部九州や朝鮮半島から見つかっている。
海のルートが確立し、山陰の集団が日本海を行き交っていたとみられる」と述べた。

産経新聞 2018.9.16 07:07
https://www.sankei.com/region/news/180916/rgn1809160023-n1.html