>>923
1950年〜60年代だったか、大阪が約110社、東京が約90社だったと思う。
で、大阪は漫画専門(赤本)の出版屋が多かった。
東京のときわ荘よりも前の話で、松屋町周辺に漫画家が共住するアパートもあった。
楳図かずおとか水島しんじも住んでたと思う。
東京で週刊誌の発行が始まった事により、賃貸形式の赤本が衰退した影響で大阪の出版社は次々と倒産し
漫画家たちは活動の場を求めて、民族大移動のように東京に流れていった。
大阪でも週刊誌の発行が出来てれば、漫画家たちも大阪で活動したただろうに。
大阪の赤本出版社が一丸となって大阪でも週刊誌の発行が出来るよう、
政府を巻き込んだ運動を起して欲しかった。