江戸時代もずっと寒村の横恥←(笑)


江戸時代(1800年代前半)は80数戸の家が立ち並ぶだけの寒村だった。

海の近くまで山が迫っており、平地は少なく東海道からも離れている孤立した寒村地帯だった。

住んでいる人たちは半農半漁の貧しい人ばかり。

後にペリーと一緒に村を訪れた宣教師のウィリアムズも、自身の日記で「あまり繁栄しているようには見えない。
悪臭が漂っている」とジャーナリスティックに「ショボイ村」であることを記しているくらいである。


何百年と悪臭と共に生活していた濱のカス祖先


だが今もなお臭ーいは継続されていると聞く

https://www.fnn.jp/articles/-/94983?display=full

臭ーーい横恥(笑)


異臭♪異臭♪そのissueを探る当局

俺の推測はマスターベーション臭

単なるタワーマン眺めて「都会だなぁ」マスターベーション

毎晩100万人のホワイトソースが公道に田畑に巻き散らかされる(笑)


ラーメン♪つけメン♪濱ザーメン♪


(笑)