>>945
続き
明治維新の元勲は岩倉具視を代表とする使節団を作って、新しい国家を
どのようにするのかを欧米を視察してくる、西南戦争後の明治14年からは
プロイセンドイツをモデルにして、ヨーロッパの社会に似た国を作ろうとした。
そこで西洋ではこうやっているというモデルルームとして東京帝国大学を設立して
エリートを養成して、それを中央官庁的に地方の官使として配した。
渋沢栄一は銀行としては国立第一銀行、ホテルならば帝国ホテルというように
東京にまず一つ、ヨーロッパと同じようなものを作って地方の人たちに見せた。
学問では東京帝国大学、街では東京が日本に西洋化をいきわたらせるための
配電盤になって地方にも近代的な大学や銀行、ホテルなどができた。
第二次大戦後に欧州が米国に代わって米国の特徴である高層建築が東京に出来て
それが地方都市にも広がった。
あくまでも欧米化のモデルルームが東京という街で、後の地方都市はそのまねを
しているだけ。
欧米化、近代化、高層建築は東京にかなう都市はない。
東京目線でほかの都市を見たらすべての日本の都市は田舎の寂れた町に見える。
それは東京が日本の近代化、欧米化のモデルハウスだから、
モデルハウスのフルオプション付きの広くて豪華できれいな住宅と実際に自分たちが
住む住宅を比べても絶対に勝ち目はない。
東京と比べて名古屋が田舎なのはある意味当然のこと、(大阪も同じ)
明治政府以150年間、国家の政策として東京を近代化、欧米化のモデルルームに
してきたから。