>>16
徳川慶勝は、徳川家よりも日本を優先したんだよ。
尾張徳川家が家康の言いつけを守って幕府側に付いた場合、尾張家の出方を見守っていた全国の藩は徳川家に付いただろう。
そうすれば討幕軍ごときは瞬殺。
 
実際に討幕軍も勝てるなどと夢にも思って無かった。
今回はボロ負けするだろうが、いつの日か自分たちの意志を継いで立ちあがってくれる者達が
現れる事を信じて決起したに過ぎない。
徳川慶勝は、幕府側に付いて勝利すれば、徳川御三家筆頭のお殿様として君臨し続ける事が出来たにも関わらず、
あえて中立という立場を取った。
ビビっていたのではなく、中立を保つだけで幕府は倒れる事を知っていたから。
今後訪れる世界戦のために無駄な戦はせず、戦力を温存する考えだった。
何も考えずに力だけでゴリ押ししようとした脳筋馬鹿の討幕軍とは訳が違う。
つまり、大政奉還の真の立役者は尾張家。
 
何となく、勇猛果敢な討幕軍によってのみ達成されたかのような風潮は、
後の薩長のクズどもが作り出した捏造物語に過ぎない。