なり、無期懲役から自首による減軽でのものなのか、強盗殺人未遂
との事後的併合罪の関係なのかわからないが、とにかく併せて
懲役17年以上22年以下が執行されたことになる。
少年刑務所での服役は18歳から始まっているから、仮出獄は5年
8カ月の懲役以降になるが、おそらく6〜7年で認められたように
思われるし、自白も審査には有利に働いたのは想像に難くない。
この記事での浜本の自白は隣家の被害者が減刑嘆願運動に良心の
呵責とあるが、嘘だと思う。
不定期刑は少年刑務所とはいえ、金川一が不定期刑が満期のように
更生が見られなければ普通の懲役より厳しいので、おそらくは
強姦殺人で一般の受刑者として仮出獄をというせっかちな浜本らしい
理由での自白だと思う。
そうでなければ判決の翌年の自白というのは後の事件から考えにくいし、
少なくとも、そのような考えが当時の少年の収容施設にはみられたし、
実際に数年で仮出獄、罪の清算が終わっている。
浜本の他にも少年院ではなく少年での服役で刑期よりかなり早く
仮出獄で短期に死刑囚となったのは高橋正彦しか確認できていないが、
高橋と浜本はおそろしく重なる。
高橋も17歳で幼女を強姦殺人で懲役15年、9年服役、26歳で仮出獄。
後の自白の旭川での幼女殺害の2事件が事実なら14歳で2人殺害。
14歳の事件が立件されなかったのは時効と18歳未満の犯行が死刑
でないからだろうが、両方とも凶悪犯にしては模範囚で短期に仮出獄
で、20代で死刑事案。
高橋、浜本の死刑の頃の1969年、1970年確定者は11人、14人
だが、当たり年なのか、殺人前科がそれぞれ2人、3人で、脱走者も
合計3人で、鑑定留置中に脱走の尾田信夫を含めると4人になる。
彼らの脱走は平尾どころじゃない怖さだろう。
浜本の減刑嘆願運動をやっていた隣家の住人は後にどう思ったのかな。
同種の事件を繰り返して死刑になった男をまじめな青年だと思って
いたわけだから。