かゆみを伴う皮膚の炎症が続く「アトピー性皮膚炎」。塗り薬による治療が一般的だが、今春、注射で投与する新しい薬が発売された。これまでの治療法とは効果を発揮する仕組みが異なり、治療がうまくいっていない人にとっては新しい選択肢になりそうだ。

アトピー性皮膚炎は、体内に入ったアレルギー原因物質が体の免疫を過剰に反応させることで引き起こされる。免疫に関わる細胞の一つ「Th2細胞」がアトピー性皮膚炎を誘発する情報伝達物質を分泌させて、炎症やかゆみを引き起こす。

 フランスの大手製薬会社サノフィが製造販売する新薬「デュピクセント」(一般名デュピルマブ)は皮膚細胞への情報伝達を遮断する仕組みで効果を発揮する。

 アトピー性皮膚炎は塗り薬による治療が一般的だが、新薬は効果の表れにくい人たち向けの使用が想定されている。塗り薬と併用しながら2週間に1回、皮下注射で投与する。

 東京都足立区の男性(43)は、塗り薬による治療があまり効いていなかったため、2015年7月から約2年半、この薬の臨床試験(治験)に参加し、投与を受けた。

 治験は薬の効果と安全性を調べるために行い、本物の薬と偽薬をそれぞれ投与するグループに分けて実施されている。男性は本物の薬を投与された。

 効果は開始から2週間後には表れ始め、1カ月後にはかなりの症状改善が見られたという。男性は「背中やおなかの赤いところの面積が目に見えて小さくなった。それに伴ってかゆみも減ってきた」と振り返る。今は投与しておらず、化粧水や保湿クリームの使用にとどまるが、肌はよい状態を維持できているという。

 治験の代表的な結果を紹介すると、16週間投与後に症状が消失またはほぼ消失した人は偽薬グループ(224人)の10・3%に対し、本物の薬の投与を受けたグループ(同)は37・9%だった。また、症状が75%以上改善した人の割合も、偽薬グループが14・7%、本物の薬のグループが51・3%。いずれも差がつき、効果が確かめられた。

 一方、副作用は注射部位の痛みや、頭痛、結膜炎などが一部の患者で見られたが、重いものはほとんどなかった。

 足立区の男性を含む患者3人に投与した日本医大(東京都文京区)の佐伯秀久教授(皮膚科)は「かなり早く、強く効くのが、この薬の特徴だと言えると思う」と話した。

バイオ製剤ゆえの高価格
 アトピー性皮膚炎に対する科学的根拠のある標準治療は、塗り薬による治療だ。塗り薬には、強さが5段階あるステロイド外用薬と、薬の効く仕組みの異なるプロトピック軟膏(なんこう)(一般名タクロリムス)がある。これらを重症度や部位によって使い分ける。治りにくい場合は、免疫抑制剤のシクロスポリンの投与や紫外線療法などが実施されることもある。

 塗り薬による治療で効果が表れない人に新薬のデュピクセントが期待されるが、課題は価格だ。

 デュピクセントはバイオテクノロジーを使って開発された「生物学的製剤」だ。化学合成反応を利用して作った従来の薬と区別してこのように呼ばれる。生物学的製剤は従来品よりも研究開発費がかかる傾向があり、薬の価格も高くなる。高額な薬としても知られるようになったがん治療薬「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)も生物学的製剤の一種だ。

 デュピクセントも患者の費用負担は小さくない。薬の価格は1回分で約8万円。公的医療保険の適用対象となっているため、1回分の自己負担は一般的な3割負担の人で約2万4000円だが、2週間に1回、1年間投与を続けると60万円程度になる。

 日本医大の佐伯教授は「塗り薬による治療で多くの患者は症状をコントロールできる。デュピクセントは優れた薬だが安くはないので、医師も適用患者を見極めて処方すべきだろう」と話している。

汗をかいたら放置しない
 アトピー性皮膚炎の症状悪化を防ぐには、保湿クリームなどで肌をよい状態に保つセルフケアも重要だ。特にこれから暑くなる時期に注意したいのが、汗だ。

 アトピー性皮膚炎の標準治療についてまとめている日本皮膚科学会の「診療ガイドライン2016年版」は、汗をかいた後には、かゆくなることがあるため、放置せず洗い流すなどの対策を推奨している。ただ、汗をかくことには皮膚の温度調節や感染防御、保湿の役割がある。ガイドラインは「発汗が症状を悪化させるという科学的な根拠はない」としている。

 自身もアトピー性皮膚炎の経験がある多摩ガーデンクリニック(東京都多摩市)の武藤美香院長は「シャワーや入浴が難しい時は、ぬれたタオルで押さえるように拭くのがよい」と勧めている。

https://mainichi.jp/articles/20180610/ddm/016/040/054000c