これからの時代は、たとえ居住用物件であっても収益性によって価格が決定される。収益力の高い物件なら迷わず買えばよいし、逆に収益力の高い物件に出会えないなら、一生、賃貸で通した方が合理的である。

持ち家がよいのか、賃貸がよいのか、答えは物件ごとに決まるものであり、一律には判断できないという意味で、論争は終焉したと筆者は結論付けたが、この話にはひとつだけ例外がある。

それはインフレの進行である。

もし今後、日本経済がインフレ・モードにシフトした場合、借金をしてでも不動産を買った方が圧倒的に有利になる。過去100年以上の歴史の中でデフレだった期間はごくわずかであり、長期的な視点に立てば、ほとんどの時代で物価は上がっている。

このような話をすると「現状の日本でインフレなど100%あり得ない」「危機を煽っている」などと、激しい批判を頂戴することが多い。

だが人生100年時代が到来した今、長い時間軸で考えなければ、経済的な損得を判断できないのも事実である。過度にインフレ・リスクを煽るつもりはないが、不動産購入の是非について考えるなら、インフレの話は避けて通れないはずだ。

(この記事は、連載「寿命100年時代のマネーシフト」の第9回です。前回までの連載はこちらから)

「唯一の例外」の理由
説明するまでもなくインフレとは貨幣の価値が低下し、モノの値段が上がることを指している。インフレが進むと現金の価値は毀損していくので、資産を現預金でしか保有していない人は、実質的に大きな損失を被ることになる。

2%のインフレでも20年経過すると物価は1.5倍になるので、現金をそのまま保有していると、同じ金額で買えるモノの量は約3分の2に減ってしまう。このためインフレが進んでいる時は、不動産など価値が維持できるものに資金をシフトするという動きが活発になる。

特にローンを組んでいた場合、資産防衛効果は極めて大きくなる。5000万円のローンを20年で返済するケースを考えてみよう。

5%のインフレが20年続いた場合、物価は2.7倍に上昇している。だが、返済する5000万円は、物価が2.7倍になった時点でも同じ5000万円のままである。この場合、5000万円を2.7で割った1850万円まで実質的な借金は減ることになる。

一般的な住宅ローンは毎月返済していくものなので、物価上昇分がすべて利益になるわけではないが、物価が上がれば上がるほど、ローンを組んでいる人にはメリットが出てくる。つまりインフレが進んでいる時には、借金をしてでも不動産を買った方が圧倒的に得なのだ。

将来、過度なインフレが発生すると予想されるのであれば、仮に収益性の高い物件が見つからなかったとしても、不動産を買っておいた方がよいという結論もあり得ることになる。「持ち家vs賃貸論争における唯一の例外がインフレ」と言ったのはこうした理由からである。

実質的なインフレは始まっている?
現状の日本経済はインフレどころかデフレ・マインド一色という状況であり、日銀が掲げた2%の物価目標はまったく達成できていない。だが足元では、インフレを予感させる事象も増えてきている。もっとも物価に影響を与えそうなのが人手不足である。

日本は人口減少から人手不足が深刻となっており、総務省が発表した1月の完全失業率は2.4%と24年ぶりの低水準であった。マクロ経済的には労働供給が不足すると、どこかのタイミングで、ほぼ確実にインフレを引き起こす。

労働需給と物価(名目賃金)の関係を示すモデルとしてはフィリップス曲線が有名だが、日本のフィリップス曲線を見ると、失業率が2.5%以下で急激に物価が上昇している。今後、人手不足が解消される見込みは少なく、これがコストプッシュ・インフレを引き起こす可能性は無視できないだろう。

このところ日本の家計が苦しくなっており、企業は販売数量の低下を懸念して値上げに踏み切れずにいる。だが、食料品などを中心に、同じ値段で内容量が著しく減っていることは、すでに多く人が認識しているはずだ。これは事実上の値上げであり、静かにインフレはスタートしていると考えることもできる。

また不動産の購入を前提に銀行にローンの相談をした人なら分かると思うが、銀行は固定金利の商品をなかなか出してこない。インフレが進んだ場合、固定金利のままでは銀行は大きな損失を抱えてしまう。銀行がやたらと変動金利の商品を勧めてくるのは、今後のインフレを警戒しているからである。

繰り返すが、現時点において日本経済はデフレ基調が強く、インフレを警戒する状況ではない。だが、長い時間軸で見ると、様子はだいぶ変わってくる。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54829