E近代国家の根幹は刑事司法の適正さである。北朝鮮を人々が恐れるのは、北朝
鮮の刑事司法が公正さを欠くからである。しかし、日本はとても北朝鮮を非難
できない。日本の刑事司法が「真っ暗闇」なのだ。美濃加茂市長の藤井浩人氏
の冤罪事案も地裁で無罪判決が示されたにもかかわらず、高裁、最高裁が不当
な有罪判決を示した。藤井氏は「日本に冤罪が実在することを知った」と述べ
ているが、国家による重大犯罪である「冤罪」が数多く存在するのが実態なの
だ。

マーティン・ニーメラーは次の詩を残したと伝えられている。
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

刑事司法の歪みや腐敗について、一般の人々は、自分には関係のないことだと
思うだろう。実際、刑事事件に巻き込まれる確率は決して高いとは言えない。
しかし、日本の真っ暗闇の刑事司法の現実が放置されるなら、その害悪がいつ
自分の身に降りかからないとは言えない。とりわけ、安倍政治の問題を指摘
し、不正を正そうとする者には、いつ権力が刃を向けてくるかも分からない。