「トヨタのエンジニアはMBDに関する素晴らしい論文を出すが、いざ実行段階に移ると、社内調整の会議が多すぎて前に進まない」

 リスクを取って新しい開発に取り組む風土が、トヨタから消えようとしているのだ。こうした点がまさに、高い潜在能力ながら試合に出ると勝てない「(メンタルが弱い)アスリート化」と言える。

 EVを巡る世界の市場環境は、大きく動いている。

 中国は9月、年3万台以上生産する規模のメーカーに対し、19年以降に一定のエコカーの生産・販売を義務づける新規制を発表した。米カリフォルニア州も18年から同様に環境規制を強め、他州も追随する。

 米中両国ともに、エコカーの定義から日本が得意なHVを外し、EVを主軸に置く規制としている。英仏も40年までに内燃機関の車の販売を禁止する方針だ。世界はさらに、EVへと傾いていくだろう。

 中国の動きが特に戦略的だ。4月に「自動車産業中長期発展計画」を公表し、「自動車強国になる」との将来戦略を示した。大国ではなく「強国」という言葉に、技術力と商品性能を高めて世界市場を席巻しようとする野望がうかがえる。

 中国はこれまで、自国にエンジンや変速機などの主要技術がなく、ドイツや米国、日本からの支援で、自動車産業を育ててきた。16年の中国での新車販売は約2800万台で断トツの世界1位。しかし、規模が大きいだけで、「技術大国にはなっていない」との危機感が中国側にある。

 こうした点を改めるために、「ルール変更」が有効と判断したのだ。EV開発ではドイツも米国もまだ初期段階。日本勢では、日産自動車以外は商品化すらできていない。一斉スタートならば中国にも勝ち目はある、と踏んだのだろう。

 こうした米中の動きは見えていたのに、トヨタは指をくわえて見ていたと言える。かつてのトヨタならば、米中の政治に目配りして「ルール作り」に参画し、自社に有利に導こうとする渉外能力が高かった。

海外経験が豊富なトヨタOBは言う。「トヨタの首脳は海外に行くと、政策に影響を与える要人に会って、自社の味方につけることを仕事にしていた。それが国益にもつながる、との判断だった。最近は内向きになって、社外の人と議論すらしていないようだ」

 こうした結果、各国の規制に対する影響力が落ちたことは否めない。「トヨタが先頭になって動いてくれてこそ、日本勢は一致団結できる」とホンダ関係者。だが、今のトヨタは内向きになってしまい、日本企業を引っ張るリーダーシップも欠如しているようだ。

 実はEVが必ずしもエコとは言えない。「Well to Wheel(油田から車輪まで)」といったエネルギーを作るプロセスも含めて考える必要があるためだ。今のエネルギー政策を前提にEVとHVの二酸化炭素の排出量を比べれば、中国では40年までHVのほうが少ないとの試算もある。中国は石炭火力発電が中心。EVがその電力を使えば、トータルでは二酸化炭素の排出量は減らない。

 かつてのトヨタならば、豊富な資金力を背景にこうしたカウンターシナリオ(対抗策)を世界に提示して歩いたのではないか。豊田章男社長は「現場主義」を掲げるが、工場や販売だけではなく、グローバル企業が世界の規制当局に働きかける仕事にも立派な「現場」がある。

 中国政府は国家を挙げてEV関連産業を育てようとしている。特に電池事業には莫大な補助金を投入。EV開発に関わる大手自動車メーカーの技術者は「コストと品質の両面で、日本の電池メーカーはすでに負け始めている。電池の調達先を日本企業から中国企業に変更することを検討している」と話す。

 電池は半導体や液晶などと同じような装置事業で、規模がモノを言う。この技術者は「電池事業に活路を見いだすパナソニックも、中国企業には勝てない。電池事業が、プラズマディスプレーや液晶と同じ命運をたどる可能性もある」と指摘する。

 中国ではさらに、「頭脳集団」のエンジニアリング・サービス会社(ES)が力をつけている。量産部門を持たないが、開発と試作を請け負う自動車会社で、短期間でクルマを開発し、量産担当のメーカーに設計図を渡す。ESはドイツなど欧州でも台頭しており、ダイムラーやBMW、フォルクスワーゲンのクルマを開発している。

 ドイツのノウハウを積極的に採り入れ、中国は「技術強国」をめざしている。今の流れが続くと、トヨタでさえも規模と技術力で中国メーカーにいずれ負けてしまうだろう。日本の自動車産業は、存亡の危機に立たされているのだ。
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