先日、日本の某国立大学の副学長が、筆者の勤めている大学を訪問され、数日にわたってお話を伺う機会を得た。

 その先生は、若い時からアメリカに渡り、アメリカの一流大学で博士号をとって、今も活躍している優秀な方だ。当然ながら英語にも不自由せず、本学でも多くの人とコミュニ―ションを取っていた。

 彼と同様に筆者も米国の大学で博士号を取り、日本の大学に勤めた経験があるので、彼との会話は必然的に、日本や他の国の大学の国際比較になったが、その中で彼が印象的なことを語っていた。

「先日テレビを見ていたら、株のオンライントレードで数億を稼ぎ出している若い個人投資家の特集をしていたんですよ。独学で株を始めて、ほぼ引きこもりのような生活をしながらやっているんですが、才能があるんでしょうね。大成功しているんです。その彼がインタビューで、得たお金を使って海外旅行などには行かないんですか、と聞かれたら、『いえ、興味ないですから』と答えていて、へえ、と少し驚いたんです」

 筆者もそういう人がいるのは聞いている。似たような話はネットでも見かけるため、彼の話を聞いても「そうか」と思うだけだった。相槌を打っていると、彼はこう続けた。

「実はうちの学生も同じなんですよ。とても優秀で、アメリカの大学なんかに行ったら伸びるだろうな、と思っている学生に、海外留学する気はない?と聞くと、『いや、海外のことはネットでほぼわかるし、英語だって日本で勉強すればいい。それに、実際に行って何の得があるんですか?』と逆に質問されてしまいましたよ」

 それで思い出した。近年、米国の一流大学への留学生は大半が中国人で、それ以外で目立つのはヨーロッパと韓国だという。日本人の数は激減している。彼は続けた。

「それでね、こんなこと言うのはその学生だけなのかと思って、教えているクラスで、『海外で勉強してみたい人、手挙げて』と言ったら、200人以上いるクラスで2〜3人だけしか手を挙げなかったんですよ!ビックリしたなー!」

中略
日本以外の環境や文化では、そこで培われた、日本とは違う考え方や問題解決の方法、意思決定の仕方があり、それらの背後にはきちんと意味がある。失敗しない意思決定をするには、その意味を理解することが重要となる。そのためには、ネットによる情報取得だけでは、全然足りない。現地での体験が必要なのだ。

 筆者はたまに日本に戻ると、日本が素晴らしい国であることを実感する。外国より優れているものはたくさんある。だが、いつでもどこでも日本人のやり方が最高かというと、それは違うと思っている。日本人のやり方が最高なのは、日本という文化、文脈の中だけだ。違う文化、違う文脈にいれば、違うやり方が必要となる。そしてそれは体験によってしか身に着かないと思っている。

 前回、この連載(記事はこちら)で、エアアジアCEOのトニー・フェルナンデス氏が、インド系ASEAN人起業家フォーラムで講演をした際に披露したエピソードを紹介した。この経済会議ではほかにも、すでに様々な国でビジネスを行ったインド系の人々の体験談が披露されていた。

 そこで驚いたのは、さまざまなインド系ASEAN人が、世界のさまざまな場所で、さまざまな体験をすでにしていて、それを共有しようとしていることだ。そのうえで彼らは、大枠のビジネス戦略について合意を得ようとしていた。

 シンガポールのシンクタンクの予想によると、2035年時点でのGDPの世界1位は中国で、2位に米国、3位がインド、4位が日本で、5位にはインドネシアが入るとしている。つまり、世界GDP大国ベスト5のうち4ヵ国がアジアの国だ。

 そして、そのうち日本はすでに低成長期に入っており、インド系ASEAN人が新規参入できる市場は少ないと予想する。中国は、最近鈍化してきたものの、経済成長は続けており、かつ人口が多いため、莫大な内需がある。しかし政治的な理由から、外国人、特に中国語の話せないインド系が中国市場に新規参入するのは難しいと考えている。

 ならば、彼らのターゲット市場は、インド、インドネシア、そしてASEAN諸国でのビジネス展開だ。マレー語とインドネシア語はほぼ同じだし、マレーシアとフィリピン、シンガポールでは英語が通じる。インドとの橋渡しもできる。

 しかし、現時点で彼らに欠けているのは、異文化での「体験」だ。外国でビジネスを行う際には、その文脈に即した意思決定が必要だが、その経験が足りない。同胞の「体験談」を聞くだけではダメなことを彼らは分かっている。
http://diamond.jp/articles/-/137184