A氏による無視は、拓磨さんと会話をしなかったことだけではない。
班の人間が現場に出ているのに一人だけ現場作業に連れていかれず、
事務所に置いてきぼりにされたりしたことがなんどかあった。


拓磨さんの高校の同級生や同期入社の現役東電社員も、
「A氏が話をしてくれない。自分だけがお菓子を配ってもらえなかった 」と聞かされていた。

その後、拓磨さんのブログの内容は深刻さを増していく。

《5月11日、誰が俺を嫌っているのかわからない。何が原因かわからない。
以前のような優しく、面白い人に戻ってくれるのなら土下座だってする》

《6月10日、毎日辛い。
朝、彼が出勤すると背筋が凍る。隣りに居ると緊張する》

書き込みはこの10日が最後だった。

翌日の土曜日、拓磨さんは家族が自宅を留守にしている間に車で出かけ、家へ戻ることはなかった。

「心当たりを探しても見つからず携帯電話も数日間つながらないため、13日の夜に捜索願を出しました。
行方不明になってから5日後、連れて行ったことのあるテニスコート へ探しに行くと拓磨の車が停めてあり、
裏手の山林で首を吊っている姿が発見されたのです」