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1.満州事変 −15年戦争のはじまり−

■解説文


 1931年9月、中国東北地域の柳条湖で日本軍がおこした事変で、15年におよぶ日本の侵略戦争の始まりといわれています。日露戦争以後南満州の鉄道とその付属の利権を獲得した日本は多額の資本を投機しましたが、恐慌の影響などで営業が危機におちいっていました。

中国東北部での排外主義が高まるなか、満州に駐屯していた関東軍は鉄道の運行に支障のない程度に線路を爆破しました。

これを中国軍の仕業として、奉天市をはじめ満鉄沿線の主要都市を占領、戦線を拡大し満州全体を支配下におきました。この軍事行動は関東軍が独断で行なったといわれていますが、日本政府は責任を追求せず、既成事実を追認しました。


 中国政府はこのことを国際法に違反するとして国際連盟に提訴、翌年2月イギリスのリットン卿を団長とする調査団が満蒙におくられました。3月関東軍は天津に亡命していた清朝の最後の皇帝愛新覚羅薄儀を執政にして、傀儡国家「満州国」を打ち立てました。

1月、海軍が上海に上陸し中国軍を攻め占領。5月に停戦交渉がまとまり撤退がきまりましたが、列強の眼が上海に向けられている間に「満州国」はつくられました。
 32年10月に公表されたリットン調査団の報告書は、日本の軍事行動を正当とは認めませんでした。日本国内でも国際連盟脱退の意見が強まり、33年3月報告書の採択に反対して連盟を脱退しました。