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管見妄語/「日本がなくなる」
◆藤原正彦・お茶の水女子大名誉教授
週刊新潮(2018-11-08), 頁:16
https://www.zasshi.jp/pc/action.php?qmode=5&;qword=%E9%80%B1%E5%88%8A%E6%96%B0%E6%BD%AE&qosdate=2018-10-31
 ほぼ毎年、ヨーロッパを訪れているが、治安の悪化が著しい。…(略)…帰りのミュンヘン空港で当地に長く住む日本人に
街の変貌について話したら、「ここ数年で一変しました。人々は余裕を失ない、ギスギスして笑顔をなくしてしまいました」と
目を落とした。
 ヨーロッパは、ヒト、カネ、モノが自由に国境を越えるEUになったこと、流行りの「人道主義」により移民難民の流入に
歯止めをかけにくかったこと、などが原因でどこも荒れに荒れている。治安の悪化ばかりでない。低賃金労働者は職を
奪われ、賃金のさらなる低下に苦しむことになった。税金をほとんど納めない外国人労働者のための失業対策、住宅対策、
言語教育などの費用が嵩む。国や地方自治体は悲鳴を上げている。やがて年金や参政権も問題となろう。その国ならでは
の文化や伝統も傷んで行くだろう。全ヨーロッパには悲鳴と絶望が渦巻いている。
 安倍政権は骨太の方針とかで、現在は「高度な人材」に限られる就労目的の在留資格を、単純労働者にまで広げよう
としている。
     …(略)…
 縮小による衝撃を緩和する方策が三つある。一つはここ数十年間にわたり先進七ヵ国中最低の、一人一時間あたりの
労働生産性を上げることだ。産業形態の似たドイツに比べ半分という屈辱的低さである。今後五十年間、人口が減り続け
ても、我が国は現在のドイツと同じ八千数百万となるだけだ。生産性を上げれば十分やって行ける。二つ目は、定年を
延ばし、女性が仕事と育児を両立できるよう、女性が一定数以上いる職場に託児施設の設置を義務づけることだ。
三つ目が最も根本的なもので、若者が結婚や出産に踏みきれるよう環境を整えることである。五百万に上る四十歳以下
の非正規社員の平均年収は二百万円余りだ。これでは結婚や出産に躊躇するはずだ。政府のすべきことは経済界に対し、
非正規社員を正規雇用とし、十年以上上がっていない賃金を上げ、残業時間を減らし、生産性を上げるよう強く促す
ことである。少子化の元凶は目先の利益ばかりを追う経済界と、それを看過してきた歴代政府なのだ。経済政策は失敗
しても、国民の生活が苦しくなるだけで大したことはない。たかが経済だ。いつかは元に戻る。しかし移民受け入れは
不可逆だ。百万人の移民は、夫婦が三人の子を産むとすると、混血をも含め百年後には一千万を超し二百年後には一億
を超す。明治22年、英国の著述家アーノルドは、講演の中で日本の芸術、自然美、礼節、道徳などに触れ、「日本は地上
で天国あるいは極楽に最も近づいている国」と語った。安倍首相は今、その日本をこの世から抹殺するための一歩を
踏み出そうとしている。