報復しない無力は<善良さ>に、びくついた卑劣さは<謙虚>に変えられ、憎悪をいだく相手にたいする屈従は〈従順〉(つまり、彼らの曰くでは、この屈従を命ずる者にたいする従順―――この者を彼らは神と呼んでいるのですが)に変えられます。弱者の退嬰ぶり、弱者にたっぷりそなわった怯懦そのもの、戸口でのその立ちん坊ぶり、その仕方なしの待ちぼうけぶり、それがここでは<忍耐>という美名で呼ばれます。それはまた徳そのものともいわれるらしいのです。それに<復讐できない>が<復讐したくない>の意味におそらく宥恕という意味にすらなっています(「彼らはその為すところを知らざればなり―――ひとりわれらのみ彼らの為すところを知るなり!)。それにまた、「敵に対する愛」についても話しています―――しかも汗だくでやっています。」
