徳川義直 - Wikipedia
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徳川 義直(とくがわ よしなお)は、尾張国名古屋藩の初代藩主。
御三家のひとつ、尾張徳川家の祖。諱は、はじめ義知・義利と名乗った後[1]、元和7年(1621年)に義直に改名している。
字は子敬[1]。
極位極官は従二位・権大納言。

柳生利厳より剣術を学び、新陰流第四世を継承した。

父・家康との逸話[編集]

慶長16年(1611年)9月18日、駿府城内で感冒にかかった時、
侍医たちが集結して服薬評議を行った際に、家康は他の処方にこだわる医師の意見を退けて漢方薬の紫雪を服用させている。
侍医の片山宗哲に調合させたものだったが、熱気が鎮まり快癒した[20]。

11月15日頃、家康が於亀と側室の阿茶局に出した消息は疱瘡を患った義直の症状が軽かったことを祝ったもので、
わずかな字数のなかに「めでたく」とか「嬉しい」という言葉が頻出している。

「めでたく」の言葉は本文で三度使われ、返し書きでも一度使われていることから家康自身もよほど嬉しかったといえる[21]。