本日の某訃報の曲あけ(19時5分以降)にデイブの声が
それまでの飛ばしていたものと打って変わって半音下がったようなトーンに変わり始める(しばらく)
(それは某さんのようなわざとらしい陳腐な表現にはなっていない)

これはデイブの意図的なものなのだろうか?
こういうところにこの番組の多面性が例えば垣間見られる
それは、二人のいつものユーモアが哀しみとの二律背反にあるということを証明してしまう瞬間だったりする
意図的であるなら、それはデイブ自身に俯瞰的な構成力があるということだし
無意図であるならばデイブ自身の本質的な点であると言えよう

例えば、テレビキャスターがトラジェディックなニュースの直後に
気を取り直したよように次のニュースへ移り変わるわけだが
この時に優れたキャスターはこの転換の際に「意味」をキャストできる、例えば久米宏がそうだった
デイブはラジオでこういうことができる

例えばこのようにしてデイブフロムショーの実の「重み」となっている
デイブは本質的な点もさることながら、こうした見せ方、キャストする方法が多層的である
これによっていつもの「おふざけ」が哀しみと二律背反となった「優れたユーモア」へと昇華されてしまう
これはダウンタウンの松本の笑いの構造と同様のものである
このテクニックこそがデイブフロムの魅力でありその人間の格の違いを示すものである
これはそのまま番組に多層的で多面的な深みとなって現れてしまっている
そしてそれがリスナーを強く惹きつける

ちなみに、今日の地味に腹抱えて笑った二人の掛け合いの瞬間・・・
18時12分以降〜
「なんでしたっけ?タイム!シャフト!」
「え?タイムシフティング!?」
「シフト・・・シフトベイビー」←「ベイビーって誰だよw呼びかけてどーすんだよw」