【考古学】奈良の纏向(まきむく)遺跡の”桃の種” 年代は卑弥呼の時代と重なる 邪馬台国研究の新資料[05/14]

1しじみ ★2018/05/14(月) 22:02:41.66ID:CAP_USER
邪馬台国の有力な候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で見つかった大量の桃の種の年代を測定した結果、
女王・卑弥呼の時代と重なることがわかりました。邪馬台国の謎に迫る新たな資料として注目されます。

纒向遺跡は、3世紀から4世紀にかけての大規模な集落跡で、邪馬台国があった場所の有力な候補の1つとされています。

遺跡では、8年前、卑弥呼の宮殿跡との説もある3世紀前半の大型建物跡のそばで、桃の種が2000個以上見つかりました。
この桃の種を、名古屋大学の中村俊夫名誉教授と元徳島県埋蔵文化財センターの近藤玲さんが、
それぞれ放射性炭素を使った年代測定を行ったところ、
いずれも西暦135年から230年の間のものの可能性が高いことがわかりました。

卑弥呼は中国の歴史書「魏志倭人伝」で、3世紀前半ごろに邪馬台国を治めていたとされ、
今回の結果は卑弥呼の時代と一部、重なっています。また、桃は古くから神聖な果物とされていたことから、
卑弥呼が行った祭しで供えたのではないかという指摘もあるということです。

桜井市纒向学研究センターの寺澤薫所長は、「魏志倭人伝の記述にある卑弥呼の時代と重なり、
纒向遺跡について考えるうえで重要な資料だ」と話しています。

■邪馬台国九州説の研究者「卑弥呼 明確には結びつかず」

邪馬台国が九州にあったとする説を唱える、佐賀女子短期大学の高島忠平名誉教授は、
「参考になる研究成果だが、邪馬台国の所在地や卑弥呼と結びつく明確な材料はなく、
今回の成果で論ずるのは無理があるのではないか」と話しています。

関連ソース画像
http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/e/4/e4e19_1509_bbb0e83d_2ee86e0b.jpg

NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180514/k10011438091000.html

307ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:38:26.28ID:jgxfSDr4
エメリー鉱は、愛媛県でもとれるともあるが、
ここでは、硬度の高いコランダムやスピネルとして、捉えている。

308ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 02:33:38.28ID:iK6dMN7j
まぁ伊都(糸島)と奴国は福岡だけど、
邪馬台国だけ水行で10日もかかってそのあと陸行で1日とすると、
瀬戸内海→今の堺あたりに上陸→大和だろうね・・・

西暦100年代後半の倭国大乱以後は大和に一大勢力があった訳だから・・・

普通に考えれば、伊都(イト)なんかはそのまま糸島に比定されてるのに
邪馬台(ヤマタイ?ヤマト?)を大和にしたくないっていうのは、かなり捻くれてると思う

309ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 02:43:22.91ID:w/Qg65Oc
>>287
皆既日食なんてちょっとの間空が暗くなる程度だし、昔の人間たちが
そんな気にしたとは到底思えないな。夏場の夕立とかであっという間に
太陽が隠れて暗くなることは良くあることで、その程度の出来事だった
と思う

310ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 04:07:00.87ID:ue4zRsAv
現在のような天文学知識の無い古代の人々は、突然太陽が欠け、時には見えなくなる日食の発生を
非常に恐れた wiki
 

311ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 06:40:52.71ID:u5jButtD
アマテラスと卑弥呼は無関係なので、日食を考察しても無意味です。

312ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 12:49:30.68ID:u5jButtD
桃の実について解説しましょう。

日本神話では、「黄泉の国」のエピソードで登場します。

死んだイザナミを取り戻すために、イザナギは死者の国に行くわけですが、
すでに死体となったイザナミに恐れおののいて、イザナギは逃げ出します。
怒ったイザナミは、化け物たちにイザナギを追いかけさせます。
イザナギが、黄泉比良坂の坂下まで着いたときに、そこにあった桃の木から桃の実を三つ取って投げつけてやると、
化け物たちはみな逃げて行きました。

このように、桃は神聖な果物で、穢れを追い払う効能があると思われていたわけですね。
中国の神仙思想とか、道教から来ています。
遺跡から大量の桃の種が見つかったということは、
第一に桃を食べれば健康で霊力もつくだろうという考えがあったことが伺えます。
桃太郎の話しも、元は桃を食べたじいさんばあさんが元気になって、子供を授かったという話しです。

卑弥呼の鬼道がどのようなものであるかはわかりませんが、鬼は「霊」を意味するので、
死者を弔うという意味で、黄泉の国の神話と通じるものがあります。
ざっくり言えば、生きてる間は桃を食べて健康に暮らし、死んだものには桃を供えて弔う、
そういった儀式が執り行われていたでしょう。

313ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 12:58:54.29ID:u5jButtD
モモと名のつく巫女が、ヤマト王権に実在します。
ヤマトトトヒモモソヒメという名前で、
埋葬された箸墓古墳は、3世紀では最大級の前方後円墳です。
当時の大王の墳墓よりも大きな墓を、ひとりの巫女を弔うために作られました。
ということは、その巫女は、当時の大王よりも強大な権力を持っていたことを表します。

はやいはなしが、ヤマトトトヒモモソヒメが卑弥呼であり、
箸墓古墳が卑弥呼の墓であるわけです。

ちなみに、後を継いだトヨは、「トヨスキイリヒメ」という名前で、日本書紀に登場します。
崇神天皇の皇女で、天皇の命で天照大神を祭った初代斎宮です。

はい。もう、答えが出てしまってますね。
もう、何十年も前から、答えは出ているのですが、九州説の人だけが無知無教養なために、
納得してくれないというのが現状ですね。

314ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 13:27:46.99ID:u5jButtD
畿内説の人でも、
アマテラス=卑弥呼という認識で語る人もいるので、話しがややこしくなってしまいます。

アマテラスというのは、太陽神の名前ですが、
太陽神の依代としての鏡を祭器として祀ったのが、卑弥呼の後を継いだトヨです。

卑弥呼と呼ばれた、ヤマトトトヒモモソは、三輪山のオオモノヌシを祭った巫女ということになります。
オオモノヌシというのは、国津神であり、国譲りをさせられた神の代表格です。
出雲のオオクニヌシの分霊みたいなものをヤマトで祀ってるわけですね。
ようするに、国家の繁栄を祈願して、地鎮祭みたいなものを、卑弥呼は行なってたわけです。
霊を沈めるために、桃の実が供えられました。

そんなわけで、日食は関係ありません。

315ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 13:39:13.73ID:u5jButtD
オオモノヌシを祀っていたモモソヒメ(卑弥呼)と、
アマテラスを祀ってたトヨスキイリヒメ(トヨ)は、
それぞれ、崇神天皇の時代(3世紀)に、平行して祭祀を行なっていました。
モモソヒメは、崇神天皇の伯母で、トヨは、崇神天皇の娘です。

ヤマト王権の主祭神はオオモノヌシで、モモソヒメが祀っていたわけですが、
モモソヒメは高齢だったので、先にモモソヒメが亡くなり、
崇神天皇の娘のトヨが、アマテラスを祀り、ヤマト王権の祭祀を引き継ぐことになります。
ところが、アマテラスの神威が強すぎるというので、ヤマトから追い出してしまいました。

というのは、巫女による祭祀で国家を運営するのではなく、
崇神天皇の実権で国家を運営することに方針転換したという意味です。
ここに、実質的なヤマト王権がスタートするわけです。

316ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 14:15:04.71ID:KKi6DxTn
いやぁ
モモソヒメの祖先は九州の日向からきたのかもしれん
その祖先に卑弥呼=アマテラスがいたのかもしれん
古墳は短里だと考える
年代がずれてたらあり得る話しになる

物証だ
巻向遺跡の物証プリーズ
年代測定は誤差が大きいから複数例が必要だ
この業界捏造もあったしな
少しでは信用ならん

317ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:03:04.50ID:u5jButtD
>>316
>この業界捏造もあったしな

放射性炭素年代測定のことでしょうか?
無知な人は、すぐ科学的な証拠を捏造だと言うものです。

考古学者は放射性炭素だけを根拠に年代測定をしているわけではありません。
地層を細かく調べ、地層から出てくる土器の形状を調べます。
土器の形状は、地域や時代によって細かく区分されます。
土器の形状が時代によって変化する様子を詳しく編年することで、
放射性炭素を使わずとも、土器の作られた年代は絞り込むことができます。

土の成分から、土器の作られた場所もわかります。
ヤマトには、近畿を中心として、吉備や東海地方で作られた土器が出土します。
邪馬台国が存在した3世紀のヤマトでは、
近畿を中心とした広い範囲で、人や物の移動、交易が行なわれていたことがわかります。
もっと昔の銅鐸を作っていた頃でも、東海で作られた銅鐸が出雲に奉納されていた様子もわかっています。
弥生時代後期のクニは、分裂していたのではなく、より強化な結びつきをしていたことがわかっています。
ヤマトは交易の中心地として、邪馬台国の時代に繁栄していたことは、否定しようがありません。

318ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:18:41.85ID:u5jButtD
ヤマトにある唐古・鍵遺跡は、弥生時代中期から隆盛を極めた環濠集落です。
規模としては、全国から見ても最大級です。
古墳時代前期にいたるまで、細かく発掘調査されています。
弥生時代から古墳時代まで、何か戦乱があって荒廃したような痕跡はありません。

つまり、弥生時代から古墳時代まで、神武東征や、邪馬台国東遷を思わせるような戦乱は起きていない、
ということがわかっています。
ヤマトという土地は、弥生時代から連続的に発展してきた土地なわけです。

319ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:24:07.00ID:u5jButtD
唐古・鍵遺跡の場所は、奈良県磯城郡田原本町にあります。

そして、ヤマトトトヒモモソヒメの父は孝霊天皇で、居城であるその黒田廬戸宮は、
奈良県磯城郡田原本町黒田周辺とされています。

ということは、孝霊天皇は、唐古・鍵遺跡の王であり、
ヤマトトトヒモモソヒメは、そこで育った娘であることがわかります。
孝霊天皇は欠史八代とか言われて架空の天皇扱いされることもありますが、
遺跡としては、そこに現実として存在しています。

320ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:33:16.42ID:iF6dU1uh
もうそろそろこの馬鹿っぽい論議やめにしね?

321ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:35:48.08ID:ue4zRsAv
魏志倭人伝に卑弥呼の墓は徑百餘歩の無槨塚と書いてあるのに
わざわざ有槨の前方後円墳でおまけに馬具まで出てる箸墓を持ち出して
卑弥呼の墓などという主張をするのは余程の無知の輩だなw
 

322ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:44:12.26ID:u5jButtD
文献に何が書いてあろうが、遺跡として物証が存在しなければ、
文献の内容は信憑性が認められません。

魏志倭人伝原理主義者は、魏志倭人伝一語一句を事実と考えているようですが、
それは古代史研究のアプローチとして、間違っています。

物証が存在して、はじめて、文献の内容が正しかったと認められるのです。

323ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:45:46.16ID:ue4zRsAv
馬具はどうなるんだい 3世紀の日本に馬は居ないぞw

 

324ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:49:25.51ID:u5jButtD
>>323

馬具は、捏造とは言わないのですね?
なぜでしょう?
誰かがわざとそこに埋めたのかも知れないのに?

325ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:09:01.91ID:u5jButtD
ttp://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kodai/toukaku-top.html

>平成22年、邪馬台国の中心地とも言われる奈良県纏向遺跡から、
>2,765個のモモの種(桃核)が出土したことが報じられましたが、
>実は岡山県でも約10,000個ものモモの種が弥生時代の遺跡から見つかっているのです。

岡山でも、弥生時代に桃を栽培してたわけですね。
奈良と、結びつきでもあったのでしょうか?

はい、あります。

ヤマトトトヒモモソヒメ(卑弥呼)の弟として、彦五十狭芹彦命(キビツヒコ)がいます。
この人が、古代の吉備の王でした。
現在も、吉備津彦神社として、祀られています。
そして、岡山といえば、桃太郎ですね。桃太郎のモデルは、ずばり、キビツヒコと言われています。

魏志倭人伝に、卑弥呼の男弟が登場しますが、キビツヒコがその人です。
ヤマトの政治を補佐していたのが、吉備国だったことがわかります。
ということは、魏の使いも、大和に向かう途中で、吉備に立ち寄ったことでしょうね。
投馬国=吉備国というのは、かなり確率高いでしょう。

もう、とっくの昔にここまでわかってるのですから、悪あがきしないでくださいね。

326ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:09:23.36ID:pX9FPCCZ
俺も前方後円墳は無いと思うけどもし大和政権が卑弥呼の子孫でもとあった場所から移したなら最初の墓が見つからないのはつじつまが合う

327ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:20:17.76ID:gFtS0eSZ
どうでもいいよ
今でも歴史コロコロ変わって信用できんわ

328ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:22:23.86ID:u5jButtD
また、前方後円墳に奉納された特殊器台・特殊壺は、吉備地方で発達した土器になります。
このことからも、吉備国は、祭祀の方面でも、ヤマト王権を補佐していたことがわかります。

このように、物証があって、文献の信憑性が担保されるのです。

329ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:47:56.34ID:u5jButtD
たとえ、箸墓古墳が卑弥呼の墓でないにしろ、
ヤマトには、他にもホケノ山古墳が存在します。

箸墓古墳より古い古墳として、ホケノ山古墳という前方後円墳があるので、
年代が信じられないと言ったからってどうにもなるものではありません。
邪馬台国の時代に、ヤマトには、前方後円墳を作る王権が確かに存在していたのです。

そしてホケノ山古墳からは、画文帯神獣鏡が出ています。
実はこれこそが卑弥呼のもらった鏡で、ホケノ山古墳が卑弥呼の墓だと言っても別に問題ありません。

330ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:59:49.98ID:ue4zRsAv
邪馬台国近畿説派は箸墓がダメならホケノ山か 適当でいい加減だな
なにが 別に問題ありませんだwww

331ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 18:49:13.57ID:u5jButtD
ぶっちゃけ、畿内説は、奈良盆地のどこかに卑弥呼の墓があればいいだけです。

九州説みたいに、佐賀だ福岡だ宇佐だ日向だと散漫な説ではありません。

332ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:16:35.80ID:US2J6QNl
>>308
これも古事記から、疑問点があり、掘り下げた箇所なんだよね。

333ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:19:20.11ID:US2J6QNl
>>332
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月

ここのところで、よく1ヶ月と認識して、
かなりの距離になるとおもうけど、
本来は、水行二十日より短い日数と思う。

334ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:25:19.15ID:US2J6QNl
>>333
古事記の没年月日を全て見て欲しい。
その月で、15日をこえて、例えば、
6月18日など、記載されていない。
それは、偶然ではなく、中国の暦を利用
していたから。

335ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:39:38.38ID:US2J6QNl
>>334
春秋時代の「尚書」、西漢時代の「淮南子」で確立されたもの。2016年にユネスコの無形文化遺産になったものが、関係していると思う。
中国の古代農暦は、春夏秋冬の24節気をつくり、五日を一侯、三侯を一気として、節気を作り出した。一年72侯24節気として、黄河流域で、生まれた典型的な北方気候が、ベースです。
三侯とは、十五日なります。これが一気で、
一年を24に分けれます。この24節気を図に書いたものは、陰陽図にもなります。しらべたら、
そのように見えるのがでてくるよ。
で、節気から次の節気の前日までの間を1か月とする月の区切り方を節切り、節月という。

つまり魏志倭人伝の暦は、この24節気だとしたたら、1月とは、15日としてみてもいいと思う。

336ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:43:20.72ID:US2J6QNl
>>335
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月 は、
水行十日陸行十五日とみてみると、また、違う箇所へ行くのかな?

337ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:14:42.78ID:VDx/nTVw
ここで邪馬台国論争してるのか、
やまたいと読むのは不自然で、やまとと読むのが自然で大和で畿内説が有力だろうけど
今のソウルから対馬壱岐を経由して糸島や博多あたりは誰も疑問視してないし正解なんだろうけど
畿内説だと出雲や吉備が出てこないのが不思議だ。投馬国を出雲と言ってる人はいるにはいるけど
それに倭人の風習が出てくるけどあれっていかにも海の民で九州、朝鮮半島のことだろうし、なかなか辻褄があわないね

338ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:30:48.28ID:VDx/nTVw
>>336
私の素人意見だけど、例えば陸行1ヶ月って途中の集落や開けた土地で数日過ごすとかも含めてる可能性もあるのではと
考えている。

339ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:33:22.25ID:HvkHz2rF
たしかに出雲に邪馬台国が有っても変じゃないかも

340ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 05:24:58.16ID:Hlm6JFfR
卑弥呼がどうのこうのと言う前に、桃の種が沢山見つかったんなら、
そこの土地が桃の産地だったってだけだろ。中国から桃の種を持ってきて
ここで栽培を始めた。卑弥呼は桃が大好きだったんだろうな

341ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 09:27:13.79ID:dGwBFjmL
>>340
>桃の種が沢山見つかったんなら、
>そこの土地が桃の産地だったってだけだろ。

桃の産地に桃の種が残るのか?
桃は消費地に運ばれて、そこで食べられ、種はそこに残ると考えるのが普通だろう。

342ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 21:50:46.36ID:cI5MnBw7
>>338
水行とかは、やみくもに行くわけでなく、
特に、古来の要所を経由していくと思われる。
交易盛んなところ、必然的に、
波が穏やかとかね。

343ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 00:41:23.11ID:mbztrwNk
倭国の大乱は、
公孫度が189年に、遼東太守になり、
203年に帯方郡を初めてつくる。
それまでは、韓や倭の抵抗があり、半島も荒れていたと思う。
この時期は、公孫度の軍も半島南部にきており、また、半島南部には、倭があったような記述もある。スサノオが、荒れて書かれている背景は、後漢滅亡からの帯方郡が置かれる間の政治的混乱で、個人的には、先進的な技術集団を
つれてきて、北九州まで、攻めていたかと思う。

344ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 02:22:33.82ID:aCGoxkuR
当時の先端技術は中国の戦国時代に始まった鉄の鋳造技術だな
石器しか持たない縄文人や青銅器武装の弥生系などは鉄で武装した
連中には歯が立たんだったろう

345ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 17:29:47.77ID:jJVXbPau
>>309
そうなんだよね、鏡作れと命令されて作る時間があったようだし。鬼海カルデラ噴火災害の記憶だろ。

346ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 17:32:34.29ID:jJVXbPau
↑修正。鬼海カルデラは取消し

347ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/19(火) 22:20:25.45ID:Avdd4FOM
ほとんど、すべての科学において誤差(error bar)は、必ず存在する。
一般的に多い正規分布など統計学では、「誤差を減らすには、サンプル数(手間、経費)は二乗程度要る」とも言われる。
つまり、誤差を1/10にしようとすると、100倍程度の経費がかかる。

問題の卑弥呼云々だが、その推定精度±400年では、いけないのか?
そこまで、税金を注ぎ込む価値があるのか?
税金は打ち出の小槌ではない。
「正史」の歴史を検証するために、それほど税金を流し込む必要があるのか?
「正史」の正当性を訴える必要など、既にないのではないか?

348ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/20(水) 09:16:06.92ID:1hWrY91s
纒向遺跡(奈良県桜井市)のモモの種 真の年代はどこに?
https://mainichi.jp/articles/20180618/dde/014/040/002000c

やはり科学的に疑問視されている方法での年代測定だったんだな
桃の種の年代を焦って出したのがまずかったな

349ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/20(水) 13:04:32.31ID:wpzh53SM
>>348
桃の種なのか、土に触れていない中味のかくなのか、どちらを分析したかわかるように書いてほしい。

350ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/21(木) 23:33:19.14ID:v+MqYImd
>>305
天孫降臨も、まとはずれではないものかもね。

ヒ素を食べて増殖する生命体の発見に続いて、
今度は生命の基礎となるアミノ酸を、
存在しないはずの場所からNASAが発見した。
2008年にスーダン北部に落下した隕石は
かつて非常に高温だったが、
意外なことにその破片の内部から
タンパク質の前駆物質である
アミノ酸が発見されたという。 
アミノ酸はこれまでも、
炭素を豊富に含むさまざまな隕石から
発見されているが、
いずれも比較的低温の環境で
形成されたものだった。
しかし今回初めて、自然の状態で
摂氏約1100度にまで温度が
上昇していた隕石からアミノ酸が発見された。

351ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/21(木) 23:39:08.28ID:v+MqYImd
これまでは、小惑星でアミノ酸ができるには、
単純に比較的低温な環境と液体の水の存在が
必要だと考えられていた。
しかし、非常に高温の小惑星が冷える過程で
生じる気体の反応でもアミノ酸が
生成される可能性がでてきた」
と述べている。
さらにこの発見によって、
「生命の源が小惑星によって地球に飛来したとする説を裏付ける証拠が1つ増えた」
という。


古代の人々は、今ほど科学知識なくとも
古事記における
エメリー鉱の存在や天孫降臨の
隕石からのアミノ酸合成など、
簡単に一笑に付すことはできないなと
思う。

352ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 05:32:05.65ID:FfTXmjkV
これは酷い。

353ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 07:58:27.02ID:qv81LUUU
こじらせちゃったかな

354ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 13:45:57.13ID:hnd7fNxj
天孫降臨の背景が、中国古代の天道思想とちがうから、背景をいろいろ見ているわけ。
山東省にある泰山は、歴代の皇帝が
登っている。あれは、天道思想の天人相関説。
「封禅」するためだが、それに必要場が、
「祭天」と「祭地」だよね。
それが前方後円墳の源とおもう。
祭天とは、天を表し、丸い。敬天法祖。
北京に「天壇」があるから、見やすい。
祭地とは、「方丘祭地」で、土地。農産物の
豊穣を願い、冬至に行われる。
で、方丘とかいている通り、四方に台をつくり、祭事を行なった。この台は、その後、囲いになったり、東西南北に門をつけたりしながら、意味合いは、のこってきている。
天子、皇帝がその間に入り、統治を天からまかされ、天命を知るとなる。

だから、前方後円墳は、西周などのこの敬天法祖になる。

355ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 13:58:38.83ID:hnd7fNxj
天壇をみたら、きちんと方形のなかに、円壇があるから、わかりやすい。

円墳は、呉の太白の墓をみたら、わかるが、
前方後円墳とは、ちがう思想だね。
神仙思想。神獣などの世界。鏡で、神獣鏡は、呉をベースにしており、
方格規矩鏡は、祭地祭天を表しているから、
ちがう思想だね。

356ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 14:00:26.37ID:hnd7fNxj
で、天孫降臨は、どこの思想かな?と思うわけ。日本オリジナルかな?と。

357ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/22(金) 16:12:14.05ID:hnd7fNxj
>>355
四神は、四方の方角を司るから、
方格規矩四神鏡も頷ける。その鏡の中心は、
まさに天壇とおなじだよ。
さらには、四神は、
季節にも付随しているし、天人相関説だね。

仙人がでたら、呉の思想だと思う。

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