【考古学】奈良の纏向(まきむく)遺跡の”桃の種” 年代は卑弥呼の時代と重なる 邪馬台国研究の新資料[05/14]

1しじみ ★2018/05/14(月) 22:02:41.66ID:CAP_USER
邪馬台国の有力な候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で見つかった大量の桃の種の年代を測定した結果、
女王・卑弥呼の時代と重なることがわかりました。邪馬台国の謎に迫る新たな資料として注目されます。

纒向遺跡は、3世紀から4世紀にかけての大規模な集落跡で、邪馬台国があった場所の有力な候補の1つとされています。

遺跡では、8年前、卑弥呼の宮殿跡との説もある3世紀前半の大型建物跡のそばで、桃の種が2000個以上見つかりました。
この桃の種を、名古屋大学の中村俊夫名誉教授と元徳島県埋蔵文化財センターの近藤玲さんが、
それぞれ放射性炭素を使った年代測定を行ったところ、
いずれも西暦135年から230年の間のものの可能性が高いことがわかりました。

卑弥呼は中国の歴史書「魏志倭人伝」で、3世紀前半ごろに邪馬台国を治めていたとされ、
今回の結果は卑弥呼の時代と一部、重なっています。また、桃は古くから神聖な果物とされていたことから、
卑弥呼が行った祭しで供えたのではないかという指摘もあるということです。

桜井市纒向学研究センターの寺澤薫所長は、「魏志倭人伝の記述にある卑弥呼の時代と重なり、
纒向遺跡について考えるうえで重要な資料だ」と話しています。

■邪馬台国九州説の研究者「卑弥呼 明確には結びつかず」

邪馬台国が九州にあったとする説を唱える、佐賀女子短期大学の高島忠平名誉教授は、
「参考になる研究成果だが、邪馬台国の所在地や卑弥呼と結びつく明確な材料はなく、
今回の成果で論ずるのは無理があるのではないか」と話しています。

関連ソース画像
http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/e/4/e4e19_1509_bbb0e83d_2ee86e0b.jpg

NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180514/k10011438091000.html

2ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:05:21.87ID:nPK35SdT
また卑弥呼の話か。みんな好きだねぇ。
だいたい中国の昔の本にちょっと書いてあった程度で、大和朝廷との関係を勘ぐる理由が分からないんだよ。考古学シロートだからさ。
当時の日本に無数にいた豪族の一人ってだけじゃないの?どこにいたにしてもさ

3ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:08:47.20ID:XPJLtm+K
邪馬台国争奪戦

4ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:09:10.92ID:Gs4n+Tpu
>>1
>>1
日本での研究はロケット、戦闘機、核、コンピュータのみに集中しよう

5ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:18:25.26ID:rxrN+jj0
そろそろ九州説のじじいどもが出てくる

6ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:25:26.82ID:D2gvlVkI
ヤマトの日巫女で確定


九州マニアは絶望w

7ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 22:34:21.82ID:Nac7uBDM
邪魔台国

8ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 23:01:12.49ID:RqE2Jjiw
また不毛な争いが始まる…

9ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 23:05:40.27ID:ClzvHA0T
纏向遺跡には出雲大社と同じ大社つくりの建物と、伊勢神宮と同じ神宮造りの建物があったらしい。

10ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 23:29:42.64ID:eLxVYVb+
古い遺跡があるんだから古い桃の種があっても不思議じゃなくね?

11ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/14(月) 23:37:12.45ID:B1chon7F
桃って外来種だろ?
中国との交易があった証にはなるな

12ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:01:30.77ID:TzQXOtvv
邪馬台国は存在しないし 卑弥呼もいなかった・・・・・これが正解(笑)

13ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:05:27.33ID:5BsnCzV9
中国北方から朝鮮回りで伝わったのか、長江方面から来たのか品種で分かれば有力な
資料になるんでね?

14ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:12:04.35ID:yl6UcnTF
>>1
倭国(九州)と大和国(近畿)は別の国。
一つになって日本国が出来た。

15ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:15:48.87ID:yl6UcnTF
>>7
今に見ていろハニワ幻人、全滅だ〜♪

16ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:17:05.16ID:DFSnvrO5
8年前に発掘されているのにどうして今までかかったの?
都合のいい結果が出るまで何度も何度もやり直したからだよね?

17ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 00:22:46.90ID:kmeEfcze
>>16
炭素14は誤差が大きいからな
自説に都合のいい結果になるまで8年間延々と再測定を繰り返したんだろうな

18ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 01:35:51.22ID:nOGWxNuQ
>>2で書き込む割にはアホだな
大和にあったとしたら、大和から一豪族が中国まで何回も使者を送れるわけないだろ

19ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 02:49:07.21ID:9fSmzvwR
じゃあ狗奴国はどこよ。黒歯国は?
近隣の証拠を集めないと主体は浮かび上がって来ないが?

20ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 07:29:49.91ID:Mh3Z298n
ずいぶんと時間がかかったもんだね

21ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 08:29:24.00ID:+9txlllW
.
邪馬台国は、宮崎県の西都原(さいとばる)で、決定しております。

22ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 08:50:54.86ID:BXzixewk
日本語の形成(大野晋説)
1. 縄文時代(期間13000年程)
オーストロネシア語族の一種
母音終りで母音四つ
八の愛好(ex. 八雲,八重垣,八島,etc.)
創世神話の類似
2. BC1000年頃〜(弥生時代)
タミル文明(南インド)の伝搬(←インダス文明←シュメール文明)
稲作・鉄・機織とともにタミル語を話す人達が★九州北部(ヤマト)★に渡来
基礎となる文法と助詞・助動詞・名詞・形容詞・副詞が照応
係り結びの法則の一致
五七五七七の歌の形式と韻律も受け入れ
3. 遅くともAD500年頃〜(古墳時代)
シナから漢字を導入して和語の表記
儒教などシナ文明の導入
ex. 萬葉集(万葉仮名),日本書紀,古事記,etc.
4. 900年頃〜(上古上代)
漢字から仮名文字を作り漢字仮名交じりの文字体系完成
ex. 源氏物語,枕草子,古今和歌集,etc.
(ソース:『日本語の源流を求めて』岩波新書 2007年刊)

23ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 08:58:19.39ID:UuN1nk4x
倭と中国には呼ばれたが倭國(大和國)は纏向にあって神武天皇東征して崇神の頃に日本国
作るわけだけど それまでは卑弥呼、トヨと姻戚関係にあったけど天皇家はずっと力なかった。

24ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:12:46.74ID:SMZTA192
掘り当ててみないと邪馬台国がどこにあったかは断定できないとは思うけど。
ただ奈良の盆地の有力者は安東将軍倭国王に対抗するために親魏倭王とのつながりを強調はしたと思う。

25ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:16:21.21ID:XNYEbpfW
九州説
・陸行1月だと九州をはみ出る(糸島から鹿児島まで14日)
・卑弥呼が集めていた大量の鏡がない=三角縁神獣鏡が出土しない
・前期の大古墳(100歩古墳)がない

畿内説
邪馬台国がその後どうなったのか記紀に記載がない。

26ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:39:14.40ID:mn+HH9eW
九州説のじじい、ほんと早く氏んでほしい。
こいつらのせいで研究が進まない。

27ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:40:50.74ID:yIDg2Xbc
邪馬台国は九州。ただし日本全国を統一した国ではなかった。

九州一帯のみの統一。

大和朝廷とは別の系統の国家。

28ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:41:44.87ID:IjQjrb9k
ヤマトの諸君

29ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 09:48:00.06ID:XNYEbpfW
>>27
それだと「東に向かった」記紀の母体勢力=ヤマト王朝の出自が空白になる
矛盾しまくり

邪馬台国が東に向かったなら記紀の母体は卑弥呼になり
その次の王はトヨになる。
記紀はそう書いてない。

畿内の卑弥呼が倭国大乱の後 倭王になった。
はい、この時点で九州は畿内に服属してます。
九州が畿内の卑弥呼に服属してるから、素通りできて朝貢できたのだろう。

あと九州は渡来人だらけで女王=巫女の文化はない。
縄文系の文化は 大規模噴火で縄文文明が全滅した九州に残ってない。
「で、鏡は?」 鏡も古墳もないから無理なんだよ、諦めろ。

30ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:06:04.66ID:wqYfv9Wy
邪馬台国は九州ね
だって今でも九州では語尾にタイがつくったい!

31ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:09:13.98ID:uKB2L0Et
>>30
「あのコンモリしたものはなにかね?」
「ヤマたい!」

32ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:12:56.27ID:SMZTA192
少なくとも名目上は親魏倭王の継承者を主張したんじゃね。
結局大和の王権の完成者あるいは革新者である天武天皇は安東将軍倭国王も親魏倭王も必要とせず
日本国の天皇を自称して大陸と交渉したんじゃないだろうか。

33ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:29:56.58ID:5BYWJjgr
桃を食する姫巫女が135−230年に居て西を正确に向いている館に住んでいた    そのまんまやん

九州説のあほ古田はいいかげんアキラメロン

34ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:32:42.83ID:5BYWJjgr
それから宮内省のバカはええかげんに「天皇陵」の調査の邪魔をすんな

35ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 10:37:39.75ID:j36jrq5i
卑弥呼のお尻から出て来た種なら

36ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 11:16:21.93ID:D5QjFtEt
商売屋的には
さっさと場所を決めて欲しいよな
候補地じゃいまいち宣伝にならん

37ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 12:37:09.39ID:LwwYRRyC
>>17
恐らくこれ
新聞読んでどーせ炭素14だろなあー思ってたらそれだったw
あれ化学科の分析化学の講義じゃ、精度がダメで生物のいた痕跡とかには使えませんねえて
習うんだけど
なんで考古学だとあんなに使われてんの?

38ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 12:54:53.92ID:bXdaGP+i
× ヤマタイ
○ ヤマトゥ

卑弥呼⇒日の巫女⇒天照大御神を演じる係の女性

こんなことは今や、常識の範疇でしょうに

39ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 12:57:11.19ID:bXdaGP+i
>>30
台は「タイ」と読まないよ
「トゥ」に近い発音

40ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 13:16:33.83ID:jCJur4BR
纏向は鉄が出ない謎の遺跡
桃の種とかどうでもいい

41ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 13:18:29.44ID:jCJur4BR
卑弥呼は九州の古い豪族だと思うんだよな
畿内は新興の成金貴族が作った人工都市

42ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 13:22:27.03ID:bXdaGP+i
>>40
どうでもいいかどうかは貴方様が一方的にお決めなさってよろしいことではございません。

43ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 15:08:41.45ID:VEWJV5i3
炭素14の補正曲線みると、200年代でむっちゃ無理しててワラタ
後漢の滅亡を基準にすりゃいいのに、そうしたくない力を感じる

44ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 15:11:38.42ID:VEWJV5i3
>>37
分野の蓄積だからな。先行研究を踏まえて矛盾なくつなげないかん

精度は5000-10000年以上前ならアリだけど、
たかだか2000年弱前の数十年スパンに当てはめるってのは無理ゲじゃねとも思う
けど、一旦主張しちゃったら合理的な証拠ないと覆せない

45ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 16:01:41.76ID:mn+HH9eW
九州説は自説に都合の悪い話はみんな捏造にするからなあ。

46ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 16:04:04.71ID:NsN8YGMn
現代のスーパーに並んでる桃と比べてどうなの?

47ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 16:27:34.52ID:mbjNp4QA
現在の日本の桃は明治時代に輸入された水蜜桃系(上海水蜜桃など)を品種改良したものがほとんど

48ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 17:07:30.91ID:7D6ltrM1
あのさ、どうして魏志倭人伝ばかりに拘るのだ?
旧唐書には後漢書の奴国が発展して大和朝廷になったと書いてある。
遣隋使とか交易海洋民族とかから大和朝廷のことをしっかり情報収集しているだろう。
魏志倭人伝より情報は確かだと思うがな。
新井白石が悪いのだ。常陸国が発祥地だというのだろう。
奴国の発展系が大和朝廷でいいじゃないか。

49ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 17:13:39.27ID:LAYFmNve
2018/03/20
【古墳】「卑弥呼の墓では」巨大な前方後円墳?謎の丘陵 日本最大に迫る全長450メートル [福岡県][03/20]
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1521543101/913

50ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 17:35:56.39ID:5zVexltu
>>2
地アタマ悪いでしょ?

51ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 18:00:20.27ID:NR/1/vOh
こんなにきれいに種が残ってるんだ

52ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 19:23:45.38ID:9bNrlK+G
当時の桃はスモモなんだっけ?
観賞用か薬用なんだっけ
それが2000粒
樹はあっても使い道ないから経年で貯まったって感じだよね
薬としてもさほど使ってなさそう、何に効くんだろう?

53ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 20:05:44.61ID:0ry7NyC0
イザナキがヒラ坂で
追ってくる醜女に投げつけたな


俺も持っておこう
いや息子にも持たせておこう

54ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 21:15:42.07ID:qfRuhTn6
まーた畿内説の捏造炭素測定が始まったか

55ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 21:25:46.78ID:TzQXOtvv
議論は踊る、議して決せず(笑)

56ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 21:40:57.49ID:QbTvXxZp
.
邪馬台国は、宮崎県 西都原(さいとばる)で決まり。

57ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/15(火) 21:43:06.92ID:aNA4hENN
>名古屋大学の中村俊夫名誉教授と元徳島県埋蔵文化財センターの近藤玲さんが、

こういう時には権威が必要なんだから、失うものがたくさんある現役の学者に出てきて欲しいところだが…

58ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 04:53:26.10ID:BxHdl4fb
邪馬台国までは飛躍しすぎ

59ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 11:05:07.86ID:Xm3oXb34
>>27
それはないな
仮に邪馬台国が九州にあるとしたら魏の使者は邪馬台国よりはるかに規模の大きい妻木晩田遺跡や纒向遺跡を完全スルーで一言も残していないうえに九州の小国を倭王にしたということになる
九州のどこよりも規模の大きな遺跡が出てしまった時点で九州説は成り立たない

60ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 12:14:36.98ID:wwL8u4dg
誇張されいい加減に書かれた魏志倭人伝の内容をすべて信じているバカ
支那はいまだに嘘つき国家だろ。
なんでもオーバーに書くし嘘のオンパレード
地道に遺跡調査していく方がいいだろう

61ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 12:28:02.34ID:wwL8u4dg
邪馬台国は、和人の「ヤマト」「大和」の発音を
大陸の支那人が聞いてのアテ字だろう。
そのアテ字を現代日本人が読むから「ヤマタイコク」となるからややこしい。
当時の支那人が「邪馬台国」をどう発音してたかに興味がある。

全国にいくつもそこそこ大きな国があるのに、
近畿ヤマト国が日本の代表みたいな顔して支那に行ったかもしれない。

当時は正確に物事を伝える、正確に記録するなんてことなかっただろうし
見栄とハッタリが全ての支那の書物を信じるのはどうかと思う。

62ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 19:01:43.32ID:70fD+Ij6
>>59
福岡の弥生銀座のほうがそれらより遥かに規模が大きいからその反論は成り立たない

63ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 21:36:05.03ID:PeRpuWAI
>>62
それのどこが妻木晩田遺跡や纒向遺跡よりも大きいって?
大体福岡にある時点で論外だろ

64ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 22:56:15.43ID:fDTA6c4z
中国でも桃は「邪気」を祓う神性な食べ物
なので卑弥呼が儀式に使っても不思議はない。

桃太郎が鬼退治をする話が生まれたのは、桃に邪気をはらう効果があるため。

65ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 22:58:19.40ID:fDTA6c4z
>>62
奈良や京都は、掘ると遺跡だらけなんで
遺跡が見つかっても工事が進まなくなるからそのまま埋めちゃうんだぞ

66ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 23:24:43.91ID:v2IEBZcG
>>21
素直に考えて、西都原だと思う

だから日向三代がいたと言われる場所になったんだろう

67ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/16(水) 23:33:14.24ID:v2IEBZcG
>>65
弥生時代の鉄器の出土の数
九州:畿内で100:1くらいだぞ

あるなら掘れよ

68ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 05:22:48.54ID:ahQuU0jE
鉄器や鏡の出土状況を見ると近畿説は不利だよね

69ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 14:07:16.19ID:8z/rvSvV
畿内説が日々考古学的物証を積み重ねているのに対して
それに対しヒステリーを起こすだけの九州説
まぁ九州説を真剣に推してる学者なんてほとんどいないから無理もないけど九州説に必要なのは畿内説にケチをつけることではなく
九州説内で統一して比定し、考古学的発見を積み重ねることでしょう

70ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 15:58:04.01ID:FiUBnzaM

71ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 16:14:06.94ID:Ji1manRv
【Jew、Jap、は靴を脱ぐ】 天皇Wお持ち帰り″計画  <アミシャーブ>  皇室Wエフライム族″疑惑
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1526522034/l50

72ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 20:30:40.45ID:M2arV+bW
纏向神社、巫女さん可愛いんだよなー

73ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/17(木) 20:31:55.51ID:M2arV+bW
>>65
奈良はそうと兵庫人でも思うけど、九州も同じ状態らしいぞ。知らんかったけど。

74ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/22(火) 02:24:26.39ID:SKmHAaQ6
>>30
ヤマトコクですよ。

75ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/22(火) 02:27:17.40ID:SKmHAaQ6
>>68
古墳や鏡だと九州は不利。

76ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/23(水) 01:34:37.28ID:f506zQ8A
>>75
畿内推しの人には残念だろうけど、魏志倭人伝に記載された倭国の文物の出土状況をビッグデータ解析した結果、
邪馬台国は99.9%以上の確率で福岡だって結論が出ちゃってるんだよね


https://ironna.jp/article/4548?p=7
◆邪馬台国が、福岡県にあった確率

 広島大学名誉教授であった川越哲志氏のまとめた本に、『弥生時代鉄器総覧』(広島大学文学部考古学研究室、2000年刊)がある。
弥生時代の鉄器の出土地名表をまとめたものである。鉄器についての、膨大なデータが整理されている。

 『魏志倭人伝』には、倭人は、「鉄鏃(てつぞく)」を用いる、などとある。『弥生時代鉄器総覧』の鉄器出土地名表を見ると、
福岡県には49ページ割かれている。これに対し、奈良県には1ページも割かれていない。
「邪馬台国=奈良県存在説」を説く人々には、この愕然とするほどの圧倒的な違いが目に入らないのだろうか。

 例えば、弥生時代の鉄鏃の出土数をみれば、図5のようになる。『魏志倭人伝』に記されている事物(鎧・絹・勾玉など)で、
遺跡・遺物を残し得るものはすべて、出土数において福岡県が奈良県を圧倒している。
https://ironna.jp/file/d4c399889c0b962f241b7957292bbe0d.jpg

 図5のような分布を示すいくつかのデータから、邪馬台国が福岡県にあった確率や、奈良県にあった確率を計算によって求めることができる。
県ごとの確率は、表1のようになる。
https://ironna.jp/file/b918d0f424991e886db129418cce67d2.jpg

 これについて詳しくは、拙著『邪馬台国は99.9%福岡県にあった』(勉誠出版、2015年刊)を、ご参照いただきたい。
この確率計算にあたってご指導、ご協力をいただいた現代を代表する統計学者、松原望氏(東京大学名誉教授、聖学院大学教授)は述べている。

「統計学者が『鉄の鏃』の各県出土データを見ると、もう邪馬台国についての結論は出ています」

77ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/23(水) 06:09:39.41ID:inpk6min
>>76
それはないw

78ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/23(水) 12:41:27.08ID:lsDXWz5b
鉄が九州説最後の砦らしいですが淡路と彦根で製鉄所跡地が発掘されたそうです

79ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/23(水) 16:40:37.70ID:wtiTHDBF
しょぼいね、あれ

80ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 04:24:03.91ID:oJns16/4
>>77
東大の名誉教授の学説をお前ごときが否定できませんw
畿内厨残念w

81ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 04:27:08.89ID:oJns16/4
>>78
淡路の鉄工房は九州の影響下だってさw
この分だと畿内の勢力も九州の傘下だろうなw
畿内厨残念w


弥生期の鉄製ヤス出土 淡路で近畿初
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201803/0011093126.shtml
>エックス線写真で分析した結果、先端から約1・5センチ下方に「かえし」が見られた。
>ヤスや釣り針にかえしをつくるには高度な技術が必要といい、鉄器製造が盛んだった九州などから持ち込まれた可能性がある。

>弥生期の鉄製ヤスや釣り針は、山陰や九州北部で出土する例が多い。
>愛媛大東アジア古代鉄文化研究センターの村上恭通センター長は
>「山陰は九州から鉄製漁具を受け入れ、漁民が鉄器の交易を促進した」と分析。
>今回の発見で、漁具が日本海側だけでなく「瀬戸内側を伝わって来た可能性もある」と指摘する。

82ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 04:43:54.10ID:iA/GXZT/
卑弥呼が吐いた種?

83ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 05:54:20.83ID:z5VMDraP
>>80
そんな説支持してるのおらんw
残念

84ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 22:04:30.51ID:SoAszSCA
>>83
妄想乙
畿内厨は現実に負けすぎて妄想の世界へ逃げ込んでしまったようですw

85ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/24(木) 22:32:58.58ID:yvrm2xxW
口食み酒飲みながらボリボリ食ってた

86ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/25(金) 04:37:15.75ID:lfQq+o2G
>>76
何で福岡なのか。
そもそも九州説が大加速したのは吉野ヶ里遺跡だろ。

87ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/25(金) 04:38:12.77ID:lfQq+o2G
>>80
京大説に対抗しただけだったり

88ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/25(金) 04:39:51.34ID:lfQq+o2G
>>78
邪馬台国当時の鉄器は輸入品だろ。

89ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/25(金) 20:27:26.29ID:rE0C7lFF
https://www.youtube.com/watch?v=eEAkOh3lsY0
考古学に携わる人が5000人いるうち九州説を唱えてるのは片手で数える程度だとw
ここに出てる九州説の学者も若いころ九州説論者が全くいないので教授に言われて嫌々始めた言ってるぞw

90ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/25(金) 20:48:36.59ID:1TVZvQQ6
>>120
九州にはなんであんなに神聖なところが多いんだろうな。俺は纏向畿内説を支持してるけどそれは不思議に思う。東征と関係あんのかな

91ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/26(土) 08:58:30.20ID:Az7e9/SZ
東征自体は全くの作り話に過ぎないから東征のお話を作った後に神聖とされる場所を九州各地に指定していったんだろうな
倭人伝に出てくる奴国は2万戸というかなり大きい国でおそらく九州北部ということを考えても漢委奴国王の奴国と同一だろう
そのうえ畿内との間にはさらに投馬国5万戸という奴国を上回る規模の国がある
こんな大国2国をスルーして九州から畿内に国を移すとか国替えの命令でも受けない限り無理だからな

92ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/26(土) 09:18:38.14ID:UoWYjb0D
今度は桃の研究せいや

93ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/26(土) 09:31:44.34ID:EL+HUqTZ
当時の中国が日本全土を把握してたなんて無理だろ。

日本内でさえまだ未開の地がいっぱいあったのに。

邪馬台国は九州地域の統一王朝だろ。そのころヤマト圏には別の王朝が出来つつあった

ってとこだと思うよ。c炭素の年代測定は誤差ありすぎであてに出来ない。

94ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/26(土) 09:41:55.56ID:UoWYjb0D
九州説にしがみついているアホはもういい加減にセイヨ

95ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 01:47:25.84ID:BYFCrsJs
>>86
https://ironna.jp/article/4548?p=6
箱式石棺の分布

 宮崎公立大学の教授であった「邪馬台国=九州説」の考古学者、奥野正男氏は述べている。
「いわゆる『倭国の大乱』の終結を、二世紀末とする通説にしたがうと、九州北部では、この大乱を転換期として、墓制が甕棺から箱式石棺に移行している。
つまり、この箱式石棺(これに土壙墓、石蓋土壙墓などがともなう)を主流とする墓制こそ、邪馬台国がもし畿内にあったとしても、確実にその支配下にあったとみられる
九州北部の国々の墓制である」(『邪馬台国発掘』 PHP研究所、1989年刊)

 「邪馬台国=畿内説」の考古学者、白石太一郎氏(大阪府立近つ飛鳥博物館長)も述べる。
「二世紀後半から三世紀、すなわち弥生後期になると、支石墓はみられなくなり、北九州でもしだいに甕棺が姿を消し、かわって箱式石棺、土壙墓、
石蓋土壙墓、木棺墓が普遍化する」(「墓と墓地」、『三世紀の遺跡と遺物』 学生社、1981年刊所収)

このように、邪馬台国時代の九州での墓制は、甕棺の次の箱式石棺の時代であった。そのことは、邪馬台国「九州説」の学者も「畿内説」の学者も、 ともに認めている。

 最近、茨城大学名誉教授の考古学者、茂木雅博氏の大著『箱式石棺(付・全国箱式石棺集成表)』(同成社、2015年刊)が、刊行された。
『箱式石棺』の本により、九州本島で、箱式石棺の出土数の多い「市と町」を示せば、図4のようになる。朝倉市がトップである。
https://ironna.jp/file/886f3d9474aad798c3d88c42befb738c.jpg
 また、箱式石棺の分布の様子を、地図上に示せば、地図5のようになる。箱式石棺は、朝倉市を中心として、分布しているようにみえる。
https://ironna.jp/file/ffdad4ae37096d6f05a3e4b2dea1647a.jpg

 なお、『魏志倭人伝』は、倭人の墓制について「棺あって、槨(かく)なし」と記す。箱式石棺であれば「棺あって、槨なし」に合致する。
奈良県の纒向遺跡のなかのホケノ山古墳は木槨があり、『魏志倭人伝』の記事に合わない。
ホケノ山古墳よりも、時代的に後とみられる箸墓古墳も、竪穴式石室(石槨)」の時代のものとみられ、『魏志倭人伝』記述の墓制の時代よりも、後のものとみられる。

96ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 06:41:53.66ID:0u8ifp0+
卑弥呼=倭迹迹日百襲姫
卑弥呼の墓=箸墓古墳
男弟=崇神天皇
邪馬台国=磯城瑞籬宮=纏向遺跡
投馬国=出雲
狗奴国=毛野国

卑弥呼の時代、静岡あたりまでは連合国の勢力圏だったのはわかってるから九州北部から東海地方一帯までが連合国の版図になるな

97ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 11:24:01.39ID:jnv0BSq5
三種の神器は三国統一をしたの王の証
九州邪馬台国 鏡
出雲 剣
糸魚川 玉

98ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 14:33:13.61ID:0gQELJrA
>>96
そんな大国が狗奴国一国にやられて魏に助けを求めるわけないじゃん
畿内説は根本が破綻してるな

99ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 14:40:43.55ID:0gQELJrA
>>96
それと、君のその妄想が正しければ対狗奴国の最前線は東海東部から関東西部あたりになるはずだが、
そのあたりからは当時の武器の出土数が少ないのはどう説明するんだい?
逆に前線を遠く離れているはずの九州北部が一番武器の出土が多いんだけどw

100ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/27(日) 17:17:55.98ID:sM12xZ/9
まきむくめこ

101ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/28(月) 12:07:54.47ID:oI+9LryS
>>98
やられてなんてどこに書いてあるんだ?
飛躍しすぎだろ
時代が下って大和朝廷成立後でも蝦夷討伐は征夷大将軍を任命するほどの国家の一大事だぞ

102ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/28(月) 12:23:15.25ID:oI+9LryS
>>99
歴史に記されてる限り遡っても大和朝廷に従わない勢力は北に北に追いやられていくこと自体は史実なんだから、その流れは始まってると考えるのが自然だからな
高尾山古墳をみても卑弥呼の時代、すでに静岡県辺りまでは連合国の安定的勢力圏だったことはわかる
境界がその北とすると、やはり関東になるかなという考えだよ
毛人55国=狗奴国=毛野国ってね

103ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/28(月) 23:21:14.92ID:uQ0n5viB
>>101-102
必死に話を逸してるとこ悪いんだけど、武器が出土しないのはどう説明してくれんの?

104ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/29(火) 05:49:42.84ID:2opQrWRi
>>103
武器が出土しないってなんの妄想を話してるんだ?

105ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/29(火) 12:14:21.81ID:i2ydwi7H
原材料は海外から輸入していたわけで、その加工工場が北九州に置かれることは自然なことだから当たり前っちゃ当たり前
北九州で作って各地に運ばれたと
国産砂鉄からの製鉄技術が確立してからは出雲が増えたね
いずれにしろ原材料を入手しやすいところに工場ができる、決して前線付近に工場ができるわけではない

106ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/29(火) 12:50:43.39ID:dy6KHauc
俺は邪馬台国は北部九州で大和朝廷は近畿説だと思ってる
卑弥呼が死んで北部九州と南部九州の争いが激しくなって北部九州が衰退するのと同時に大和朝廷が九州北部から逃げた人と合わせて大きくなったんじゃないかと思う
当時は直接船が乗り入れられる場所に交易で人が集まったんじゃないかな

107ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 01:38:53.61ID:qFHRE0Tb
>>104
都合の悪い事実は妄想とかw
現実逃避はやめろよ
https://ironna.jp/file/d4c399889c0b962f241b7957292bbe0d.jpg

108ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 01:40:37.79ID:qFHRE0Tb
>>105
工場じゃなくて製品の話だぞ

109ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 09:29:47.63ID:fu7HoZld
で、弥生時代後期のデータを見てみ

110ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 09:31:08.36ID:fu7HoZld
>>108
工場のあるところに製品が固まるのは当たり前な

111ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 10:04:37.79ID:fu7HoZld
https://dotup.org/uploda/dotup.org1546397.jpg
これを見ても同じ弥生時代の間でも時代の経過によって鉄器を必要とする地域が西から東へ移っていくのがわかるだろ

112ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 10:05:25.17ID:gMQnC9w7
.
邪馬台国の所在地は、宮崎県の西都原(さいとばる)で決まり。

113ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 12:44:44.90ID:QSdfV9D/
当時は近い距離なら歩いて移動したかもしれないけど道も整備されてなくて山賊とか出たと思うし警察もいない自衛する世界なら大量に荷物を運べる船が鉄でも食べ物でも運ぶための手段だったと思う
船なら視界も陸地より良いから陸運よりも安全じゃないかな
なんか拠点から拠点へ荷物を積んだ船が行きかう姿を想像すると胸熱だわ

114ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 13:40:00.81ID:J6a85cnM
>>113
山賊でるなら、普通に海賊もでるとおもうぞ。

115ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 14:00:36.91ID:J6a85cnM
>>111
鉄器は、西から東へだが、
時を同じく「北九州発祥」の横穴墓群も
西から東へ移動。
水町遺跡をみたことがあるが、
横穴墓と記載されるから、墓と認識する。
しかし、よくよく実際みてみれば、
横穴と横穴を仕切る土塁の両側面にも、
小さな横穴がある。
墓にしては、そんな場所に埋めるもかと
思う。コの字型としたら、
すべての側面に、穴があり、6〜7箇所にも
なるからなあ。
そのタイプが、隣同士で、何基もある。
つまりは、たたら製鉄後だな。
だから東へと鉄器拡大とあうわけだな。
横穴墓は、元来装飾品や人骨がでにくい
質素な墓ともいわれているのは、
用途が、たたら製鉄だからかな。その
後から
鉄器や鏃まで、九州は、でている。

116ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/05/30(水) 14:14:57.67ID:J6a85cnM
桃の種の年代も必要かもしれないが、
ここ数年、分析法が確立され、
有意義な結果も見られる
「錫同位体測定」も抑えるべきでは?
数本論文でているが、
八咫鏡や神獣鏡などは、青銅鏡。
鉛同位体もされた論文あるが、
産地が多い鉛は、青銅鏡の産地特定は、
難しい。

しかし、錫は、朝鮮半島には、ない。
中国は、無錫市。昔は有錫市として、呼ばれていたが、取りすぎてなくなった。
あとは、2000年前からある
雲南省の錫鉱山。

日本は、鹿児島県錫山、大分県傾山、
高千穂祖母山(神話の里)が、
古来より知られた場所。

雲南省の錫と日本の錫には、同位体の
変動が、見られる。

いずれ日本の銅鏡の錫を同位体測定したら、
日本産か中国産かは、わかると思う。

117ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/01(金) 01:18:06.45ID:Tkdv+0GN
>>110
東海と関東の境で戦争やってたのに生産された武器は工場に置きっぱなしで
最も需要のあった前線にはなぜか送られませんでした、と?
やっぱり畿内説論者の言うことは根本から破綻してるねw

118ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/01(金) 01:19:27.24ID:Tkdv+0GN
>>111
いや全然
単に弥生中期まで関東には鉄器文明が及んでなかったとしか見えないが
当時の鉄は朝鮮半島からの輸入品だから無理もない

119ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/02(土) 01:56:07.16ID:w91xAWiE
平地と違って海なら遠くに海賊が見えたらすぐに逃げれる
重要な積み荷は当時最速の船を使って護衛の兵士もいたはずなので海賊にはやられない

120ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/02(土) 01:56:44.65ID:w91xAWiE
平地と違って海なら遠くに海賊が見えたらすぐに逃げれる
重要な積み荷は当時最速の船を使って護衛の兵士もいたはずなので海賊にはやられない

121ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/02(土) 06:01:47.79ID:nQ+R+ZQB
このザマみたらもう掘ってもたいしたもん見つからんのだろうな。桃の種で深読みするしかねーんだから。

122ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/02(土) 09:56:13.06ID:s3YnYAHx
>>120
北九州より船にて、運ぶとしたら瀬戸内海とおるから、逃げれない。
狭間をとおるから、やられやすい。
実際、後に村上水軍がでてくるから、
海賊には、格好の場所。

123ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/02(土) 21:02:11.65ID:w91xAWiE
ここで通航料が発生します

124ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/04(月) 10:44:09.95ID:N2eZCuN8
桃って美味しいけど傷むの早いよね

125ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/06(水) 07:08:49.57ID:zMjAXPfv
卑弥呼の名前の「卑」は、高貴な名前だったんだなあ。最初は、卑金属を扱うからと思って
「卑」とつけたと思ったが、やはり、系図をたどると、高貴なとこに、たどりつく。
さらには、橿原市の遺跡でも九州各遺跡でも、呉をベースにした画文鏡などが、出土するのも
繋がっているなあ。

126ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/06(水) 07:54:46.37ID:zMjAXPfv
邪馬台国の「邪」も発音自体、xie.ya.ye.などの発音で、意味が変わるし、発音でみれば、方角を表しているんやないかな。

127ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/06(水) 20:22:45.55ID:CM9xhYWB
>>122
だから九州より東に鉄器が少ないんだね
瀬戸内海から東は文化の発達も遅くなるよね

128ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/06(水) 22:30:45.34ID:H0BLqrVb
>>127
畿内に倭国があれば、魏志倭人伝の通り、
海の民、入れ墨などの表記から、もっと海運
などの発展があったと思う。しかし、淡路島には、鉄鏃などの武器や船用の鉄器は出ず、鉄製の釣り針みたいなものしかでない。
入れ墨は、素潜りするため、潜むサメなどを
威嚇するためだし。

129ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/08(金) 07:29:05.36ID:cgSGwpHX
>>128
そうなるとますます邪馬台国が畿内にあるのは難しいかも
邪馬台国は戦争もしてたから当時最先端の武器は沢山使っていたはずだから当然 鉄製の矢じりなんかも沢山使っていたはずだね
出土分布とかあるのかな?

130ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/08(金) 13:18:25.35ID:vO204fIF
神獣鏡が、国産とした場合、
畿内説では、何処の銅山、何処の錫山を
使用したと説明するんだろ?
奈良近くには、錫山ない。
古事記でも
イシコリドメが、鏡をつくるが、国産
錫山ない箇所で、権威の象徴の
銅鏡がつくれないとなると、矛盾が生じないかな。

131ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/08(金) 17:18:20.87ID:cQ+jc30M
ヒューヒュー

132ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 03:39:17.07ID:9HJ3tILh
この桃は大和なんちゃらももそ姫と関係あんのかな?

133ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 07:26:45.80ID:tIy5l9L2
【話題】考古学で用いられる「放射性炭素年代測定」の精度は調査する場所によって変わるので議論の余地があるという指摘
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1528411799/

134ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 16:40:33.31ID:gIENqs2X
邪馬台国は、邪馬臺国ともかきますが、
taiとは、発音しているが、
yiとも発音する。古代では、
yiと発音した場合は、central officeの
意味になる。
つまりは、臺国は、邪馬のHQといういみかな。

135ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 16:43:41.32ID:gIENqs2X
邪馬臺国の邪馬になるのだが、
これは、ヤマとよんでいるから、
yaと呼ばれた意味で捉えるべき。
xieとよばれたら、日本でのジャと呼ぶ意味があるが、
ヤと呼ぶため、ヤの古代として、捉えるべき。

136ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 16:56:04.05ID:gIENqs2X
秦の始皇帝は、現在の青島南方あたりに、琅邪郡を置き,28年(前219)の泰山封禅ののち琅邪台を設け,秦朝の頌徳碑を建てた(琅邪台刻石)。前漢も今の諸城県を治所に琅邪郡を置き,後漢は今の臨沂(りんぎ)県を中心に琅邪国をたてた。
古代は、「邪」は、東、日が出る場所と認識される。

137ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 17:01:42.32ID:gIENqs2X
ここで、卑弥呼とつながる。
元来、卑弥呼は、ビミと呼ばれたと推測する。
なぜなら、魏志倭人伝には、曰、、、卑弥呼とかいており、曰、、、呼とのセットの文法。
だから、卑弥になる。姓氏制度は、
大化改新でなくなるが、
それ以前は、姓氏として、捉える切り口も必要かと。
となると
卑は、beiの発音てわなく、biと呼ぶ。
そうすると、卑という姓氏は、あるのかと
つながる。

138ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 17:12:30.13ID:gIENqs2X
魏略では、倭人は太白の子孫とかいている。つまりは、周王朝に通じる。

卑の氏をたどると「姬」に、語源があるとなる。姫とは、漢字が違うため注意。
で、姬は、周王室につながるとの説明。

さらには、卑は、台湾にはなく、中国でも希少な名前である。
ルーツをたどると3つほどあり、
「通志氏族略」にも書いてあり、泰山から
始まったルーツとも書いている。

139ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 17:26:23.60ID:N85SfMA8
枚方(まいかた)より読み方難しいね、纒向

140ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/09(土) 17:27:12.46ID:w38XA+cD
 


邪馬台国なんて無かったのさ。

なんかの事情で適当に口から出まかせぶっこいたのさ。


 

141ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/10(日) 10:13:34.95ID:7OMcEDuk
本居宣長が、邪馬台国をヤマトでは無いって看破した根拠ってなんなん?

142ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/11(月) 07:22:19.27ID:yG0+br6k
そもそも桃の種がたったの2000個見つかったくらいで邪馬台国である結論にはならないでしょ

143ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/11(月) 07:24:51.79ID:to9ghEEf
機内にも大国があったでも邪馬台国ではないとなぜ認められないんだろう

144ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/12(火) 20:35:19.71ID:DSA3A4CU
ヤマトでない政権がなぜ邪馬台なとと紛らわしい自称を名乗るのよ

145ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/12(火) 22:51:22.00ID:UJ/GOLpg
山門だったからだろ
ヤマトなんて地名はどこにでもあるんですよ

146ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/12(火) 23:37:36.54ID:DSA3A4CU
いや地方名じゃなく国を代表する勢力名でしょ

紛らわしい名前なんて名乗るわけない

147ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 00:31:50.52ID:5EStFkoI
九州にもヤマトって地名があるんじゃない

148ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 00:54:14.06ID:aZ+dJz3b
邪馬台国の邪馬は、山だったんだ。
邪は、東の意味もあるが、山なんだ。
山台国。丘台国ではない。山なんだ。

149ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 01:08:08.14ID:aZ+dJz3b
倭人は、半島南部で、鉄器などを、生産して、
その生活の後は残っている。
その半島南部で、倭人は祭祀をおこなうのだが、その場所は、後の高霊伽耶即ち大加羅=意冨加羅(オホカラ)の地にある「大伽耶山」。
で、ここに、「弁辰彌烏邪馬国」がある。
この邪馬は、山の意味がある。
山の漢字は、韓国語にはなく、高いからくる
岳。
ヤマ」は、「岩波古語辞典」によれば、
「地表の極めて高く盛り上がっているところ。通例、丘より高いものをいう。古く、神聖なるものとされ、神が降下し、、また神が領有すると信じられた。」場所。
つまりは、邪馬台国は、
邪馬=山
台=本部「セントラルオフィス」

やまの中にある。高い山だね。
神聖な山にまつわる話が多いのもわかります。

150ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 01:26:58.73ID:aZ+dJz3b
魏が、何故半島南部より、邪馬台国と同盟を考えていたか。鉄器などは、豊富に半島南部にもあり、北九州などとも大差ないとおもわれる。
銅も朝鮮半島には、大量に存在する。
北九州にも、大量に、存在だとする。

唯一違うのが、
「錫」 これは、錫山が、半島にない。
錫は、メッキできるため、腐敗が進まない。
不老不死ともつながる。
「九錫」という錫の格別高い表現もある。
始皇帝は、不老不死にいいと思い、
水銀飲んで、体調崩していく。

錫は、祖母山でとれ、イシコリドメの
鏡でもでてくる。神聖な山。邪馬。
その地に神楽があり、祭祀がある。

151ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 01:28:38.88ID:H0Ix+mvF
そろそろ本来の「日巫女」記述に変更しろよ

152ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 01:45:56.83ID:aZ+dJz3b
錫、すず、連呼しているが、統治する側からしたら、かなりの戦略物資なんだが。
銅鏡も必ず、錫が入る青銅。人民を統治するのに、神獣鏡などをつくるには、広大な東アジアで、1500年前では、雲南省か日本の阿蘇山「イシコリドメの記述」から南しかない。

さらには、仏教がはいり、大仏様を鋳造していくが、ここにも錫がいる。奈良の大仏様には、銅500トン、錫10トン。錫なければ、作れない。
つまりは、銅は、産地が多いため、変えがきくのだが、錫は、武力で鉱山を抑えるしかない。
それが、権利の基盤にもなる。

153ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 02:01:02.62ID:bkOvk0pH
まきまきむくむく

154ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 05:58:03.89ID:T/4jZ2+t
>>146
大和も地方名だが?
そこにいた勢力の名が地名として残るのはよくあること
それに魏志倭人伝をちゃんと読めば当時のクニは旧郡くらいの小規模なものだと分かる

155ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 06:19:24.53ID:GZZPandl
みんな知ってる

156ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 06:36:37.76ID:nofKFHSp
>>143

九州が邪馬台国だとすると、魏の使者が、畿内のヤマト王権を記述しないのは不自然だから。

157ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 06:47:58.18ID:cDVXHl4g
この時代の畿内は新興の人工都市
鉄が出ない

158ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 06:51:50.86ID:cDVXHl4g
>>141
江戸時代の国学者はネトウヨだから
天皇家が中華皇帝に朝貢していたはずがないニダとかいう立場

159ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 07:47:06.44ID:zuFIB14Y
>>156
そこまで行かなかったら記述しないのは当然だろ
女王国の東に海があって千里渡海するとまた倭人の住む別の土地があると書かれているし
むしろこの記述は邪馬台国が畿内ではないことを意味している

160ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 07:56:54.00ID:nofKFHSp
>>159

近畿のヤマト王権を、伝聞ですら知らない、過小に評価するというのは、魏への報告書として体をなしません。

161ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 07:59:03.52ID:nofKFHSp
>>151

本来の発音は「ピミフォ」なので、「巫女」という意味にはなりません。

162ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:05:35.67ID:OfTxL30J
>>160
それはお前に都合のいい自分ルールに過ぎない
女王国の東については倭人がいる以上の情報はないのだから書かれなくて当然
もっと近い出雲や吉備さえ書かれてないのに畿内だけは書かなきゃおかしいってのは妄想にもほどがある

163ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:25:35.09ID:nofKFHSp
>隋書俀国伝 

>都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也

「邪靡堆」とは、ヤマト王権を指し、魏志倭人伝の邪馬台国のことだと言ってる。
こういう決定的証拠をみんな無視してるのがおかしい。
論客として不誠実極まりない。

164ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:32:25.47ID:3vLfh/1p
>>159
陳寿が日本は南北に長いと思っていた説に納得する結局掘り当ててみないとわからないと思ってる派ですが。
女王国の東の海は伊勢あたりからの太平洋で別の倭人は房総の住人かもしれないじゃないですか。
東海道はないわけで当時の移動は海が主流だったのかも。

165ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:39:28.89ID:aZ+dJz3b
>>163
だからこそ、魏の時代(または、3世紀末に書かれたものから)の状況から、後漢、隋と時間が過ぎていくうちに、邪馬台国東遷説が、でてくる。
邪靡堆の原文を訳せば、邪馬台国とは、言っていない。
邪靡堆を都とし、魏志倭人伝でいうところの
邪馬臺の人々と言っている。
国とは言わず、すでに安定した都と認識している。そこに住んでるものが、
魏志倭人伝の邪馬臺の人々だということ。

166ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:46:44.05ID:nofKFHSp
>>81

九州と近畿が別のクニだという主張と自己矛盾する。

九州に邪馬台国があったなら、近畿まで九州が支配下に置いたと主張すべきだが、なぜしない?
邪馬台国を九州内部だけにとどめようという大前提がそもそも、九州説のおかしなところなんだよ。

167ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:53:33.17ID:nofKFHSp
>>165
>邪馬台国東遷説

中国の史書には、倭国の権力中枢が「移動」したなどという記載は無い。

記紀にある神武東征は、紀元前の話しである。

168ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 08:56:00.99ID:aZ+dJz3b
>>164
日向に、神武天皇お船出や、
大御神社(おおみ)がある。この神社は、
君が代の二番まで、完全に合う場所。
さざれ石がいわおに、なった場所がある。
ここから、東をみると約70キロには、清水町などの高知県がある。
日向、延岡は、五ヶ瀬川で、そのまま高千穂に
つながる。
神武天皇の東征が、始まる場所。

169ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:01:44.44ID:lC7no2WC
【福島認知症、認定″】 12日、交差点(52) 11日、通学路(75) 10日、スーパー(55) 9日、線路(70?)
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528765728/l50

4日連続で、アクセルとブレーキの、踏み間違え死亡事故、発生、原因は放射能しかありません!

170ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:02:23.98ID:nofKFHSp
>>168

その日向三代は、天から地上を支配するためにニニギが降臨したという伝説に基づくが、
なぜ、ニニギが初代天皇ではなく、神武が初代天皇なのか、説明できないだろ?

答え。日向の伝説は作り話だから。
天から人が降臨するわけないだろ。

171ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:08:00.08ID:aZ+dJz3b
>>170
天孫降臨は、神仙思想。呉の太白の廟をみたらわかる。神社の狛犬が、2対向き合っている。
狛犬は、神仙思想からきて、それが、神獣鏡に
刻まれていく。
その祭祀の場所は、高い山になる。

172ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:13:36.95ID:nofKFHSp
ようするに、ヤマト王権の初代王として、カムヤマトイワレヒコ(神武)が知られており、
あとから権威付けのために、天孫降臨神話が作られ、日向を聖地に選んだわけ。

なぜ、日向かと言うと、大和王権の王は、日向から姫を迎えているから。
日向がヤマト王権に服属した見返りに、日向にも権威を付与したのだ。
日向なんて、ヤマト王権以前は、遺跡的にも何にもないところだぞ。

173ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:27:06.79ID:aZ+dJz3b
>>172
神獣鏡の錫は、国産なら、どこで入手した?

174ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:29:22.08ID:efi5hqQt
邪馬台国は宮崎県の西都市(西都原古墳群)で決まり!
原田常治著「古代日本正史」「上代日本正史」を読んで理解したらどうかな。。。。。

175ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:34:26.57ID:nofKFHSp
>>173
>神獣鏡の錫は、国産なら、どこで入手した?

その質問には、何か特別な意味があるの?
銅製品なら、銅鐸つくる技術はずっと前からあったけど?

176ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:37:57.15ID:nofKFHSp
>>174

どうせ、ニニギが初代天皇でない理由なんて書いてないよね。

177ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:56:44.65ID:3vLfh/1p
>>172
日向は国名というより方角だと思うわ。
太陽は東から昇り、西に沈む。
太陽神の子孫が天から下るなら西という考え方じゃね。
古事記には編纂者の思惑がてんこもりじゃないかな。

178ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 09:59:57.44ID:z4yCEeJv
>>175
青銅で、できた銅鏡は、銅だけでは、
絶対つくれない。

179ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 10:18:01.81ID:3vLfh/1p
古代日本の国際(国境線も民族国家もないのにw)交易航路が東夷伝の半島対馬壱岐北九州ルートだけとはかぎらない。
東夷伝はとりあえず邪馬台国へのルートだしな。

180ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 10:24:02.43ID:75GaTnfn
「魏志倭人伝」に記載の邪馬台国は大和国を報告した中国人が耳で聞いて勝手な漢字を当てただけだから奈良の纏向でいいがな

181ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 10:25:55.89ID:bkOvk0pH
南回りで釧路あたりまで普通に行ってたらしい

182ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 10:52:02.67ID:nofKFHSp
>>178
ttp://pcrescue.b.la9.jp/bunseki.html

これを見ると、銅鐸にも錫は含まれてますよ?
東海に行くほど、錫は減少してるようなので、錫は西方から輸入されてると見るのは正しいでしょう。
邪馬台国以前からも、東西交易がなされていたという証拠にはなりますが、
それが九州説の何の根拠になるのでしょうか?

183ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:00:39.52ID:VCjwidvr
>>182
銅鐸も青銅器。錫が入るから、青銅器。
それほど錫が、貴重だから、産地からはなれたら少なくなる。
錫は、朝鮮半島に、ないよ。
1500年前は、中国は、雲南省しかないよ。

184ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:03:23.68ID:VCjwidvr
>>182
無錫市が、呉の太白がいたとこにあるが、
2000年前は、有錫市だったが、錫取り過ぎて、
名前をわざわざ無錫市にその後かえた。
どこでも、ここでも取れない代物だよ。

185ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:10:38.41ID:VCjwidvr
>>182
そこで、錫には、放射性同位体がある。
最近同位体を分析した論文がでてきている。
鉛同位体の鉛は、産地が多いため、厳密には、産地を比定しにくい。
錫の同位体分析では、雲南省の錫と中国内の銅鏡の錫は、雲南省と見られる結果がでている。

ちなみに、日本の錫と雲南省の錫には、
有意義な変動があるようだ。

186ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:18:36.93ID:VCjwidvr
古事記の「天安河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人天津まらを求ぎて、イシコリドメノミコトに科せて鏡を作らしめ、』をグーグルでみながら、高千穂に天安河原があり、その上流みたら、祖母山があった。
で、金山の鉄は、都城にあるし、銅は、日之影町に、岩戸銅山あるし。祖母山調べたら、
錫がとれた。
古事記で、書いた鏡をつくる材料は、調べてみたら、揃っていた。敢えて、堅い石と書くのは、錫が、戦略物資だから。

187ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:22:51.68ID:mB/NNsBU
(ヤ)八百万+(マ)纏向の都=ヤマトだろ

188ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 11:35:16.10ID:VCjwidvr
>>182
九州説でも畿内説でも東遷説でもない。
物流していた物資、鉄や銅鐸、神獣鏡を
中国とのつながり、半島のつながり、
古事記、魏志倭人伝と見て行くうちに、
錫に、興味を持っただけ。
なぜなら、錫は、青銅、大仏として、
必ず含まれている代物なのに、
あまりに記述がない。八咫鏡が、
国産なら、錫はどこ産?とおもうだけ。

189ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 12:59:26.41ID:VCjwidvr
>>172
ヤマト王権以前に日向が、なにもないとか。
正倉院という中に入れない場所があるが、
日本で唯一中に入れる西の正倉院がある。
正倉院と同じレベルの遺品がある。
なぜ、そこに王族がにげてきたか。
その地域が、それほど、人を惹きつける力があったから。

190ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 14:12:08.10ID:92OiKlmd
>>186

鏡を作ったイシコリドメを祀る有力な神社が九州に無いってのが悲しいね。

せめて、九州に古来からある神社で、イシコリドメが祀られてたら拝聴する価値はあるんだけど。

191ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 14:29:51.42ID:92OiKlmd
ttp://nihonsinwa.com/page/1021.html

>石凝姥神(イシコリドメ)を祖先とする大和朝廷の部署。
>銅に錫(スズ)・鉛・亜鉛を加えて強くして、鏡だけでなく他の道具を作る技術者集団のこと。
>弥生時代には技術者はいた。それを古墳時代に大和朝廷がまとめて部署を作った。
>「カガミ(覚美・香美・各務)」という地名は鏡作部にちなんでいる(彼らが住んでいたと思われる)。
>大和・伊豆に鏡作郷という集落があった。また摂津・美濃・美作・安芸に
>カガミ(覚美・香美・各務)が地名として残っています。

イシコリドメを祖とする鏡を作っていた集団は、九州にはいませんでした。
記紀神話を引き合いにだすなら、こうした伝承にも知見を広げて考察してください。

192ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 14:36:15.99ID:92OiKlmd
イシコリドメを祖とする鏡作部は、近畿を中心に活動していたのだから、
もっと古代には銅鐸を作っていた集団の流れと見るべきです。
天の岩戸神話では、そのものずばり、「オモイカネ」という銅鐸を意味する知恵の神様がいることをお忘れなく。

193ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 15:01:47.08ID:2P7DmXAX
九州は豚骨が出てくる

194ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 15:15:27.75ID:VCjwidvr
時代が流れば、集団が生まれるだろうが、
八咫鏡は、国産なんだし、錫は、輸入していたら、国産と言うかな?
集団は、統一王権できたら、まとめれるが、
初期の技術者が、国産八咫鏡として、作れる場所が他にあるかどうかを考察しているだけ。

195ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 15:17:17.65ID:VCjwidvr
国産八咫鏡の銅、錫、なまりなどは、
輸入品でなければ、畿内あたりなら、
つくれますか?古事記にかいてあれば、
より、把握しやすいと言うスタンス。

196ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 15:43:52.75ID:VCjwidvr
実際、どこで作られても、個人的には、いい。
ただ、どの産地のどの原料で、
国内初の技術がうまれたのか、
その場所をしりたいだけ。
奈良でも、四国でも、畿内でも、九州でも
どこでもいい。

197ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 17:44:23.64ID:92OiKlmd
国内初の技術?が何を意味するのかわかりませんが、
銅製品を作る技術というのなら、
大陸から北部九州に初めに伝来したと見るべきでしょう。
それだけで、邪馬台国の位置など論じられませんが。

198ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 18:03:41.17ID:92OiKlmd
問題を整理すれば、
1世紀の倭国では、中国から金印をもらったのは九州です。
その後、倭国大乱を経て、卑弥呼が共立され、
中国から金印をもらったのは、九州か、畿内か、どっちだ?ということです。

九州説の立場では、1世紀から3世紀まで、九州が中国との外交窓口だったとされ、
畿内説の立場では、2世紀頃に、中国との外交窓口が畿内のヤマト王権が担うようになったということです。

では、考古学的に、九州の1世紀から3世紀の様子はというと、めぼしい遺跡は廃棄され、
王権が綿々と続いた様子はなく、北部九州は衰退していったと見るべきです。
一方、畿内では、大規模な遺跡が次々と作られてヤマト王権が着々と力を付けていった様子が伺えます。
このように、総合的に見ることで、3世紀に力を付けていった畿内のヤマト王権が邪馬台国であると、
疑う余地は全く無くなってしまったというわけです。

199ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 18:26:50.28ID:92OiKlmd
>>184

無錫市から錫を輸入してた可能性を考えるのは面白いと思います。
もともと、あのあたりは古代から倭人の往来があったようです。

200ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 19:36:22.67ID:NrApcUY4
畿内のヤマト王権と邪馬台国とは別物で
邪馬台国は出雲族の国だったが、卑弥呼の亡き後
九州から来た天孫族が、出雲族と戦い、国譲りを受けて
邪馬台国を乗っ取った。

天孫族と卑弥呼は繋がりがないので。記紀は卑弥呼の存在を隠した。

201ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 19:38:13.80ID:lC7no2WC
311から急に人口減少、減少幅は毎年30万人! (データあり)

【気の弱い方、注意″】 2010年 3万人増加△  <累計死者200万人!>  2011年 26万人減少 ▼▼
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528680727/l50

202ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 19:41:07.75ID:ZmbgA7LY
>>200
だから馬韓に卑弥國があるわけかあ。

203ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 20:45:57.03ID:aZ+dJz3b
>>197
商の青銅器の錫同位体分析した結果、雲南省の錫鉱石と類似した変動が見られる。
青銅技術は、その後半島経由で、技術集団が
いただろう。
そのような学べる技術のなかで、その当時には
銅鏡の祖と呼ぶ存在はおらず、
その後イシコリドメが、祖になる。
青銅の技術は、鋳造は、3000年も前よりあり、
卑弥呼より1000年も前に技術ある。
にも関わらず、イシコリドメを祖としているのは、雲南省の錫ではなく、国内の錫で、
初めて作ったんやないかと思い、
初めての技術といったわけ。
古事記のイシコリドメの記載を
グーグルでみてみたら、よりわかりやすい。

204ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 21:00:39.45ID:aZ+dJz3b
>>198
魏志倭人伝の倭人の紋身や鉄器の出土数、
二回魏より邪馬台国を訪れた張政が、卑弥呼の死後、臺与をたて、乱を治めたり。
まだまだ、議論は深くなるかと思います。

205ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 22:02:53.60ID:JmCTEMxU
>>164
> 女王国の東の海は伊勢あたりからの太平洋で別の倭人は房総の住人かもしれないじゃないですか。
残念、畿内説は短里説を否定しているからそれは成り立たないんだな
畿内から長里で1000里東に進むと犬吠埼よりも東の太平洋ど真ん中w

九州説は短里説を採るから大分あたりから1000里東でも四国か山口の瀬戸内側に到着できる
つまり畿内説は成り立たないんだよ

206ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 22:08:05.84ID:DFjmwS4y
>>200
とすると当時の三輪はなんと呼ばれてたのだろう
狗奴国?

207ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/13(水) 22:34:17.89ID:0Zil2PyN
また卑弥呼詐欺

208ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 06:18:08.70ID:6iaRIpUi
>>205

短里とか長里とかいって、現代の地図帳で、定規で測ってあれこれやってるようだけども、
3世紀の測量技術が現代に匹敵するという前提で語ってるところが滑稽だね。

中国周辺の地理も正確に記録できない中国人が、どういう測量技師を連れて、
その里数を測ったと考えているのかね?

209ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 06:52:40.13ID:Dxnpgq5v
アマテラスは卑弥呼 卑弥呼の墓は皇室宗廟である宇佐神宮の丘
ちなみに宇佐神宮の主祭神は比売大神

 
 

210ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 07:45:48.49ID:ww7QfWLv
>>208
周髀算経と三国志は、短里で書かれている。
偶然の一致ではないよ。
その時代は、短里だよ。

211ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 07:48:48.49ID:AW0lhrZ/
宇佐神宮は、秦氏など渡来系の人々が祀った神社なので、卑弥呼とは関係ありません。

宇佐神宮の沖合いにある姫(ヒメ)島は、朝鮮半島から渡ってきた娘の伝承に由来するものです。
宇佐神宮の比売(ヒメ)大神も、この伝承に由来すると見るべきです。

もうすこし、日本書紀を読み込んでください。
ttps://www.travel.co.jp/guide/article/15805/

>垂仁天皇の時代、意思加羅国(当時、現在の朝鮮半島南部にあった国)の皇子である都怒我何羅斯等が
>牛を連れ歩いていたのですが、牛から目を離したすきに郡公に捕らえられて食われてしまいました。
>皇子が郡公に賠償を求めたところ白い石を渡されます。皇子がそれを持ち帰って寝室においたみると、
>石はたちまち美女へと姿を変えたそうです。皇子は美女に求婚しましたが断られ、
>立ち去った美女は現在の大阪を経由してここ姫島に移り住み、神となりました。
>彼女はなぜかお姫様とも呼ばれていて、「姫」島という名前はこの女性に由来していると言われています。

212ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 07:49:50.71ID:AW0lhrZ/
>>210

3世紀にどのような測量技術があったのか、先に論証してください。

213ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 07:57:34.76ID:Dxnpgq5v
>>211 皇室の祭祀である三種の神器(玉、鏡、剣)のルーツは朝鮮半島錦江流域
錦江流域出土品の年代は戦国初・中期(BC5−4世紀)と見られる古いものです。
そしてその3点セットは日本で最も古い弥生遺跡・王墓である福岡市の吉武高木遺跡からも
見つかっています。ここで発見された多紐細文鏡は朝鮮半島で作られたもので、この遺跡自体は
朝鮮半島から来た渡来人の王族のものであろうと考えられています。

つまり、皇室は天皇自ら語ってる通り半島からの渡来人 
宇佐神宮が渡来系であることと全く矛盾しない

214ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:01:10.31ID:AW0lhrZ/
どうせ、3世紀の測量技術についての考察など考えずに、短里がどうのとほざいてるのでしょう。

当然、三角測量などしてないわけで、徒歩なり馬なりで、日中にどれくらい移動できたかという、
大雑把な距離感でしかありません。「1000里」なんてのは、報告する場合において
「すごく遠い」程度の意味しかありません。
平坦な大陸で数日かかるのと、山道しかない倭国で数日かかるのとでは、距離感も大きく異なります。
距離感をどう捉えるか、報告者の感性でしかなく、全くあてにはなりません。

215ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:03:33.48ID:ww7QfWLv
>>212
周髀算经》是这样表述“千里一寸”
千里を一寸としている。
夏至南万六千里,
冬至南十三万五千里,
日中立竿测影,此一者,天道之数。
周髀长八尺,夏至之日晷一尺六寸。
髀者,股也。正晷者,句也。
正南千里.句一尺五寸,
正北千里.句一尺七寸。”

216ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:04:26.52ID:ww7QfWLv
1、日晷“尺有六寸 ”的地方;
在此线上,“夏至之日晷尺有六寸”的地点是:
――如果满足“尺有六寸”这一条件,那么,其时其地的夏至太阳高度角的正切值为8/1.6;这个角度为78.69006°。
“由太阳高度=90±23.43816-地理纬度”的公式得出此地的维度为:
90°+ 23.43816°-78.69006°≈34.74810°;(其中的23.43816°为1976年国际天文学会公布的2000年的北回归线的维度。)
东经113.15°线上北纬34.74810°的点在巩义市 竹林镇佛山沟附近

217ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:04:28.19ID:AW0lhrZ/
>>213
>皇室は天皇自ら語ってる通り半島からの渡来人

騎馬民族説でも唱えているのでしょうか?
朝鮮半島を南下した騎馬民族が、そのまま倭国の王となったと?

全くありえない話しですね。
倭国には、馬がいませんでしたから。

218ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:05:09.07ID:ww7QfWLv
2、北“一寸”的地方,即“尺有七寸”的地方;
―― 如果满足“尺有七寸”,那么,其时其地的夏至太阳高度角为78.00309°,该地为北纬35.43507°
该地点在泽州县柳树口镇张角村附近
以地球极径12713.510km(7),每一维度平均距离为111.2km来计算,此地与“尺有六寸”的巩义市竹林镇佛山沟相距为:
(35.43507°-34.74810°)×111.2km/°≈76.391km

219ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:06:30.22ID:ww7QfWLv
以上的数据,笔者经过了反复的测算,
其结果都在78km不足与大于76km之间。
综合以上数据得:
影差一寸约合实际距离为77km左右。是154市里。
若,千里一寸,那么一里约为77米。
这个77米如果要勉强按照古人“
步天”的习惯去丈量的话,大约为60步。


この様に書いているよ。

220ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:08:32.85ID:AW0lhrZ/
>>215
尺度の定義を示したところで無意味です。

その尺度で、たとえば当時の西安と長安の距離を、
正確な里数で表記した3世紀の史料があるなら提示してください。

221ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:11:33.62ID:Dxnpgq5v
>女王国の東に海があって千里渡海するとまた倭人の住む別の土地がある

宇佐神宮の前は周防灘でそこから東に瀬戸内海をたどればヤマトに至る
これは魏志倭人伝の記述と一致する

 

222ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:12:42.99ID:OzcHNGV5
247年 ごろ亡くなっているから、生前食べていたか、前からタネを
保存していたものだったと思えば、合っているんだろ?
80歳ごろまで生きていた。

223ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:12:44.07ID:ww7QfWLv
>>220
尺度の定義ではないです。良く読んでください。一里が何メートルかを導くための式です。

224ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:18:59.38ID:AW0lhrZ/
>>223
>一里が何メートルかを導くための式

それが尺度の定義だと言ってる。

実際に、中国大陸の中で、A地点とB地点の里数を記録した資料を提示してください。
現在の地図上で、その里数が正確かどうか、すぐにわかります。

225ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:21:39.09ID:AW0lhrZ/
>>221

「陸行1月」という記述を無視して、九州の中に邪馬台国を求める根拠は何ですか?

226ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:29:08.66ID:b8X64fU0
>>213
陛下が言及されたのは桓武天皇の生母の高階新笠の話で、それ以前の話じゃないだろう。

227ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:30:25.12ID:ww7QfWLv
>>224
泰山学院学报》2011年第二期
の中に、書いてあるよ。
かなり、納得できるし、学報として、
掲載しているから、デタラメとは、
思えないし、読めば、理解できる。

228ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:34:58.87ID:AW0lhrZ/
>>227

尺度の定義を示しただけでは無意味だと言ってるわけ。

実際に、中国大陸で運用した結果、A地点とB地点の距離を正確に導けているのか問うている。

229ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:41:02.39ID:1h2rEg80
神武東遷伝承と祭祀が違うだろう。この矛盾に応えよ。
旧唐書に天皇は天氏で奴国から発展して奈良盆地に移動したと書いてある。
魏志倭人伝ばかり重視するのはいかがなモノか。
日田に財津町がある。ここの財津氏は神武天皇直系の系図を持っている。
なぜか。神武天皇の本拠地がこの近辺にあったことを物語る。

230ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:48:08.18ID:ww7QfWLv
>>228
そうやって数箇所の場所から、
計算されている。
短里でも長里でもいいが、その時代の
距離に
切り込んだ視点なんだから、
把握して、理解したら、議論が更に深まるよ。

231ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 08:49:23.51ID:AW0lhrZ/
>>230

それ以前に、「陸行1月」の説明が欲しいね。

232ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 09:33:15.52ID:rsex0mbQ
>>213
その時代だったら朝鮮半島に住んでいたのは
大陸から半島に移住した古代の中国人だよ。
彼らが大陸の文化と技術をもって日本に来た。

233ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 10:09:52.61ID:yhoy2gHu
陸行1月は帯方郡からの総旅程だよ
もしヤマトだとしても対馬海峡を航ってきた連中が蛮族がうようよいる陸を行くわけないだろうが

234ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 10:32:35.35ID:a+MkvN+t
>>1
この桃の種は発芽しないもんかねえ(´・ω・`)オオガハス…

235ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 10:35:54.98ID:Krq7dTGS
>>233
その理屈は無理です。

>南至投馬國、水行二十曰。
>南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月。

全行程が「水行十日、陸行一月」なら、前段の「水行二十曰」と辻褄が合いません。

「南」と方角を指してるのが奇妙ですが、
古地図にある倭国が南北に長く描かれてるものがあることはご存知でしょう。

↓に掲載されてますが。
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B7%E4%B8%80%E7%96%86%E7%90%86%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E5%9B%BD%E9%83%BD%E4%B9%8B%E5%9B%B3

この古地図では、南に行くということは、近畿に行くという意味になります。
当時の中国人の日本列島の認識はこの程度なんですよ。

236ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 10:55:09.64ID:b8X64fU0
一つは水行と陸行の中身だろうかな。
水行には対象の行程の全水行が含まれるのか。
水行には気象待ちの日数も含まれるのか。
陸行には川を利用した移動も含まれるのか。
個人的に仮に宇佐→近畿だとすると、豊予海峡わたって四国を通って紀伊水道をへて倭かなと思ったり。
海を2回わたる分を合わせて10日とする。四国の瀬戸内側の河川をたどって1か月。大和へも川伝い。
当時舗装された道はなかったんじゃね。あと馬車や荷車はあったんだろうか。

237ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 11:17:51.60ID:yhoy2gHu
南の投馬国に行くのは水行20日と参考までにかいてるにすぎない

238ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 11:26:46.10ID:xDgfv2hy
物的証拠vs文献の解釈

239ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 12:10:27.84ID:Krq7dTGS
いずれにしても、我田引水で解釈してる結果、
何十年かけても、九州説の中でも場所が統一できないという現状を見れば、
魏志倭人伝の行程を重視しても何かが決まるわけではないと、結論が出ています。

では、何を決め手にすればいいかと考えれば、
考古学的に、九州に強大な王権は存在せず、畿内にヤマト王権が生まれている、その事実だけを直視すべきです。

240ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 12:27:52.99ID:yhoy2gHu
ヒミコの話と古墳時代とは年代がずれるよね
東征の伝説も正史に書かれてるしな

241ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 12:39:16.20ID:rVPOt/iX
>>239
いずれはヤマト王権にいくのは、わかっている。しかし、同時期に鉄器の出土、北九州発祥の横穴墓の全国展開。福岡の国内最大の銅鏡。
銅鐸文化圏の銅剣が、鉄器、鉄剣などさかんに出ている地域を力でおさえれるか?
など、過渡期を感じるだけ。

242ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 12:47:07.04ID:0DK6yuJB
3世紀の距離認識なんて当時でさえ検証不能な数字だろ
誰もがおかしいなぁと思いつつ個々人の判断で生きてたレベルでしょ
方角もそう
太陽の運行をカレンダーという形で確定できるだけで王朝の長になれる時代よ

それよりも国名や内容
投馬国はどこなんだと

さらに言えば
出雲の国譲りと神武東征が何の歴史的事実に対応するのか考古学的解釈が知りたいので教えろください

243ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 13:14:54.73ID:Krq7dTGS
>>241
>力でおさえれるか?

まず、武力で制圧するという発想を捨てたらどうですか?

東遷説にしても、九州勢力が畿内を武力制圧したような痕跡は一つも発見されていません。
九州の銅剣や鏃が畿内で大量に見つかったなどという話しは聞きません。
逆もまたしかりで、
ヤマト王権が九州を制圧できたのは、武力によるものではありません。
近畿中心の経済圏に、九州が参画しただけのことです。

244ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 13:24:57.24ID:Krq7dTGS
>>242
>出雲の国譲りと神武東征が何の歴史的事実に対応するのか考古学的解釈が知りたいので教えろください

神武東征の考古学的証拠はありません。
神話でも、神武の率いる少数部族が、先住民の抵抗にあいつつ、
なんとか奈良盆地の橿原に住み着いたというだけのことです。
けして、神武の軍隊が、近畿のクニグニを制圧したなどという勇ましい話しではありません。

出雲の国譲りは、記紀神話と、出雲風土記の内容が異なっているために、
後世の創作であることは明白です。
出雲のご当地の伝説では、「国ゆずり」という大事件を、記録していません。

245ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 13:29:11.15ID:Krq7dTGS
記紀神話で有名な、スサノオのヤマタノオロチ退治の伝説にしても、
出雲風土記には登場しません。

ほかの地域の人が、スサノオの伝聞をふくらませてヤマタノオロチ伝説が創作されたことは明白です。
国譲り神話は、ヤマト王権に出雲が服属することを強調して、記紀の編纂時に創作されたと考えるべきです。
逆に言えば、記紀の編纂時においても、出雲がヤマト王権に完全に服従してなかったという傍証にもなるでしょう。

246ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 14:18:22.27ID:Krq7dTGS
最も重要な点があります。

卑弥呼=アマテラスと考える方が多いと思われますが、
アマテラスもまた、後世の創作にすぎません。
卑弥呼=アマテラスとして考察する余地が無い以上、東遷説は成立しません。

ヤマト王権でアマテラスを初めて祭ったのは崇神天皇ですが、
崇神天皇は、アマテラスの神威が強すぎるというので、大和国から追放してしまいます。
そして、各地を転々として、今の伊勢に落ち着き、伊勢神宮が作られたのは7世紀の事です。

247ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 14:24:36.18ID:Krq7dTGS
そのようなわけで、出雲風土記には天照大神は登場しません。

かわりに、出雲国造神賀詞には、高天の神王高御魂命が最高神として登場します。
出雲国造というのは、天津神の子孫の家系なので、天照大神のことは知っていないといけませんが、
神賀詞では触れていないわけです。

あくまでも、出雲国造の立場では、高天原の最高神は、高御魂命であり、アマテラスではないというのが立場なのです。
ここで、アマテラスを最高神とする7世紀のヤマト王権と対立してくるわけです。
ちなみに、アマテラスを皇祖神として祭ったのは、天武天皇ということになります。

248ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 14:35:23.99ID:Krq7dTGS
記紀神話をよく読めばわかりますが、
高天原の最高神は、タカミムスビと、アマテラスの2柱となっています。

出雲国造が高御魂命として奉っていたように、もともとは、タカミムスビが倭国の最高神でした。
そこに、アマテラスをもぐりこませて、最高神を2柱体勢にしたのが、7世紀のことです。
壬申の乱で、天武天皇が天下を取ったときに、そのように神話を作り変えました。

もともとアマテラスは、八百万ある神の一人、伊勢の地方神でしかなかったのですが、
天武天皇はアマテラスの太陽信仰に傾倒したわけです。
そして、天武天皇以後、倭国の国号を、「日本」と改める流れになります。
日本からの遣唐使の井真成墓誌に「日本」という文字が初めて書き残されることになります。

249ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 15:02:11.25ID:Krq7dTGS
では、アマテラスとスサノオの「誓約」とは何か?

アマテラスが後世の創作なので、この神話も基本的に後世の創作です。
出雲風土記に登場しない話しなので、異論は無いでしょう。
早い話、アマテラス=ヤマト王権と読み替えてください。
出雲がヤマト王権に服属したことを象徴的に述べていることになります。

誓約の結果、何が起きたかとというと、ヤマト王権は、宗像氏を取り込むことに成功しました。
宗像氏は、もともと出雲と同盟関係にあったわけですが、
出雲がヤマト王権に取り込まれたことで、宗像氏もヤマト王権のためにマツリゴトをするようになるのです。
宗像氏が祀る宗像三女神は、記紀神話では、アマテラスとスサノオの誓約で生まれたことになっています。

世界遺産にもなった沖ノ島は、宗像氏の聖地です。
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E3%83%8E%E5%B3%B6
>沖ノ島で国家的な祭祀が始まったのは出土遺物の年代編年から古墳時代前期、4世紀後半頃と推測される。
>391年に倭国が高句麗へと出兵した際、北部九州が前線となった時期に相当する。
>また、宗像氏がヤマト王権の力を背景に朝鮮半島や中国(当時は北魏)との交易に乗り出したのも同時期であり、そうした遺物も確認されている

というわけで、誓約神話の成立時期も、古墳時代前期以後と考えられるでしょう。

250ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 15:30:48.64ID:Krq7dTGS
誓約神話のキモは、アマテラスとスサノオの誓約で、宗像氏の宗像三女神が生まれてること。

宗像氏は九州の氏族なので、
邪馬台国九州説で、アマテラス=卑弥呼なら、
出雲を服属させた後で、宗像氏を従属させるなどという、まだるっこい手順は必要ないでしょう。

251ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 17:03:13.22ID:Dxnpgq5v
アマテラス=卑弥呼とすると神武はその5代後 天皇の平均在位が15年くらいだから
卑弥呼没年248年+15x4=308年で4世紀初頭の古墳時代の始まりと良く合致する

東征神話も当時の古奈良湖畔沿いでの戦いの記述が続いていて水位線以下での記述はない 
記紀の書かれた8世紀には奈良湖は消滅していたから東征の話がでっち上げとは
考えられない

252ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:07:16.55ID:FfIuzxJE
水位の記憶と、東征が史実かは、全くの別問題。

いまだに東遷説に騙されてる人が多いのは、哀れというかなんというか。

253ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:14:13.69ID:Dxnpgq5v
皇室の出自が九州で東遷してヤマトを収めた、なんて話を正史である記紀にわざわざ書くのは
それが事実である以上の動機がないだろ 

大和が発祥なら大和発祥と書くはずで祖先は九州から来ましたなんて話を役人が創作して
書くはずがないわ

  

254ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:16:03.75ID:FfIuzxJE
神武東征は史実と主張しつつ、その後の八代天皇は架空だと言ったり、
都合の良い解釈のオンパレードで、まともな思考をしてるなら、一笑に付す。

いまどき東遷説信じてるのは、昭和で頭が固まった爺さんだけだよ。

255ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:18:02.07ID:FfIuzxJE
>>253

なぜ、最初に天孫降臨したニニギが初代天皇としてカウントされてないのか、
おまえの大好きな東遷説のセンセイは何か理由を語ってるかね?

256ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:28:19.97ID:Dxnpgq5v
神話には真実が含まれると言ったのはレヴェ・ストロースだ 

しかし記紀には真実と同時に嘘も含まれる 嘘は年代詐称

中国の歴史に伍するため紀元前600年に神武を持ってこようとして
欠史8代をねつ造したり天皇の寿命を180歳とか有り得ない寿命にしてる
記紀には嘘と真が混じってるんだよ

先に書いたがアマテラス=卑弥呼として平均在位15年をかければ記紀の記述は
史実と合致する(欠史8代を除いて)

257ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:32:55.16ID:FfIuzxJE
「記紀には真実と同時に嘘も含まれる」

これは事実だが、どれが史実で、どれが嘘か、どのように区別できるのかね?

詭弁に詭弁を重ねて、都合の良い解釈を並べてるだけで、話を聞くだけ時間の無駄。
それが東遷説。

258ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:37:45.79ID:Dxnpgq5v
アマテラス(卑弥呼)という女の始祖がいて、その5代後の神武が九州から大和に攻め入り
初代王朝を確立したという事実

繰り返すが皇室の出自が大和なら正史にわざわざ九州から来たなんて書く理由がない

もし理由があるなら教えてくれ

259ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:40:49.20ID:FfIuzxJE
>>258

最初に天孫降臨したニニギが初代天皇とされていないのは、なぜなのか説明しなよ。

東遷説を唱えるのなら、納得のいく説明をしてからだ。

260ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:45:31.12ID:Dxnpgq5v
またか それで陸行1月は納得したのかい(´・ω・`)

お前にちゃんと説明したって反論出来なくなると黙るから面白くないんだよw
 

261ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 19:56:10.18ID:FfIuzxJE
ところで、東遷説のセンセイは、今も庄内式土器が九州発祥とか言ってるわけですかね?

神武東征に伴って、九州で作られた庄内式土器が畿内にもたらされたそうですが。
知らないうちに自説を引っ込めてたりしてたら、恥ずかしいですね。

262ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 20:34:11.90ID:0DK6yuJB
ニギハヤヒの一族が有力氏族として残ったってことはヤマトの王族が外から来たのは事実だろうけど
その出自を大陸に近い西に求めたのは創作でも不思議じゃないね
なるほどです

彼が考古学的にどの遺跡の主にあたるのか興味津々です

263ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/14(木) 21:50:59.78ID:jnILIsNu
日本人は主に沖縄経由の東南アジア系と中国韓国方面の勢力と北海道から南下した勢力の3種類の混血だとDNA解析で分かっている
畿内の大集落は北と大陸の終着点で共に交易で栄えたんじゃないかな
逆に沖縄経由組と大陸組は九州の真ん中で対立したんだよね
俺の予想では卑弥呼の死後に大陸組の勢力は衰退して畿内に集結して大和王権を作ったと思ってる

264ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 09:23:39.84ID:dnw/us35
思うのは勝手だが、事実だと決め付けるのは間違ってる。

神武東征だって、「神武が九州から来た」という伝承を天皇家一族が伝えていて、
それに対して誰からも異論はでなかったために、記紀に記されただけ。
当時の役人は、天皇の言うことだし、否定する材料もないので、言われるままに書いただけ。

ここからわかることは、天皇一族は、「ヤマトに直接、天孫降臨してきた」とは言えない事情があった。
天皇一族は、ヤマトの住人から見たらヨソ者で、神武が来る前は、他の王(ニギハヤヒ)が統治していたことを、
ヤマトの先住人は皆知っていたということである。
そして、ニギハヤヒから平和的に権力の移譲を受けたという主張をしている。
実際に、神武が九州から来たかどうかは不明だが、当時の天皇家は、そう主張していたということだ。

そして神武は、「自分は、九州の女王の何代目の王である」とは、宣言していない。
あくまでもヤマトの初代王という立場だ。
これは、東遷説にとっては、奇妙な話しである。
九州を支配していた王の末裔であることを隠す必要などないし、
その後、わざわざ九州討伐にヤマト王権は軍を送っている。
神武が九州を支配していた王の末裔であるなら、ヤマトは九州勢力の一部になっただけであり、
九州のクニはヤマトに抵抗する理由が無い。
しかし、歴史上、九州は、幾度と無くヤマトと敵対していたことは事実である。

265ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 09:51:20.62ID:eAEFyE8C
いや、タラミの桃缶詰工場が奈良県にあった歴史的な証拠じゃないのか?

266ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 10:02:04.98ID:Exv3/6UR
>九州を支配していた王の末裔であることを隠す

誰も隠してないぞ
記紀に神武は日向から来たアマテラスから5代目の王だと明確に書いてある。
 


 
 

267ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 10:17:15.69ID:dnw/us35
>>266

なんで九州に天孫降臨したニニギが初代天皇じゃないのか、説明しろっての。

268ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 10:33:41.48ID:Exv3/6UR
神武以降は大和にいたから後の大和朝廷は神武を最初の大和の王としただけで大した意味はない

 

269ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 10:39:03.24ID:eAEFyE8C
桃で何してたのか気になる。

270ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 10:54:30.80ID:dnw/us35
>>268
魏に金印もらった卑弥呼女王の系譜を否定する理由は何よ?
日向に降臨したニニギを含む三代の存在をおろそかにする理由は何よ?
もともと九州にあった、ナ国と、ヤマトの関係が記紀に記されてない理由は何よ?

271ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 11:00:14.76ID:Exv3/6UR
そんな事はどうでも良い 

問題はアマテラス=卑弥呼で、卑弥呼から5代目の神武が東征して大和を制圧し
大和で古墳時代が始まったということだ

卑弥呼没年 258年+15年x4 = 308年

 

272ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 11:02:02.89ID:Exv3/6UR
訂正 318年

273ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 11:04:28.56ID:dnw/us35
都合が悪い話しは、どうでもいいで片付けるわけね。

これだから東遷説は相手されないんだよ。

274ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 11:09:39.39ID:dnw/us35
だいたい、神武がヤマトを制圧って、
ヤマトの遺跡のどこから、九州の鏃やら銅剣やら銅矛が出てくるのかな?
九州の墓制である、カメ棺は、ヤマトで出てくるのかな?

ヤマトの考古学者は、九州との関係を調べるべく必死に発掘調査してるけど、
ヤマトには九州と関わりのある痕跡が全く無いんだよなあ。

275ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 11:11:56.34ID:Exv3/6UR
学者にしても些末なことに拘って日本古代史のメインプロットを見誤っている奴らが大杉なんだよ

中国の史書にも記録が残る有名な女王、倭の卑弥呼と皇室の始祖たる女神アマテラスが
同一人物とすれば邪馬台国を含む古代史の謎は氷解する
 
 

276ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:29:26.40ID:u7GpAK91
>>264
だから、そこで、八咫鏡につながるんでしょ。
物的な裏付けや新たな視点が。
八咫鏡が、イシコリドメ「鏡作りの祖」によって、つくられたが、錫がとれないと
無理。古事記に書かれた内容は、ぴったり合う。そんな場所、高千穂以外の
日本の他にあるかな。
錫だよ。華北、華東、華南のほぼ、全土の中国になく、半島になく、日本でも極端に錫鉱山ないのに。雲南省から大仏の錫10トン輸入した?

277ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:32:33.14ID:OuAdB/GA
>祭し

祭祀くらい漢字で書いてくれんと一瞬戸惑ったわ。

278ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:36:07.53ID:eAEFyE8C
大量の桃で何してたん? 焼酎にでもつけてたのか?

279ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:42:29.44ID:dnw/us35
>>275

卑弥呼とアマテラスは同一人物ではありません。
もともとアマテラスは男神なので。

ちゃんと民俗学も含めて調べてください。
浅知恵で何か主張しても、無知をさらすだけで格好悪いですよ。

280ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:50:01.57ID:dnw/us35
天の岩戸伝説では、岩戸にとじこもったアマテラスをおびきだすために、
アメノウズメが裸踊りしてます。
それを覗き見しようとしたアマテラスは引きずり出されるわけですが、
この伝承は、太陽神を男とみたてて、女性の巫女に奉仕させるという古代の儀式の名残です。
伊勢神宮のアマテラスも、けして女性として祭ってるわけではありません。
伊勢神宮に参拝したことが無いなら、一度は行ってみてはいかがですか?
アマテラスを女性に見立ててるようなグッズは一個もありませんから。

281ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:54:14.03ID:Cu9mO+Pg
桃の種ってキンタ○に似てるよね

282ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:55:11.36ID:Exv3/6UR
>アマテラスは男神

ほほう、雑誌のムーにでも書いてあったのかねw
 

283ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 12:57:51.88ID:dnw/us35
猿女君という、古代より朝廷の祭祀に携わってきた氏族がいます。
アメノウスメはその始祖とされております。

ニニギが天孫降臨した折に、サルタヒコと出会い、
アメノウスメはサルタヒコと共に伊勢に降臨したことになっています。
つまり、アメノウズメは伊勢を拠点としていた祭祀氏族で、
伊勢で祭られていたアマテラスに仕える巫女ということになります。

ということは、アメノウズメが活躍する天の岩戸伝説は、実は伊勢の民話だったという話しになります。

284ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:03:36.79ID:lehWPGQu
岩戸は季節のお祭りのうち冬至のお祭りだろう。
太陽が死んで再生する物語。
岩戸自体は真床追衾の原型かもしれんと思ってる。
前年の太陽役の女性と今年の太陽役の女性が同じ岩戸にはいって出てくるよな感じ。
アメノウズメは太陽を生む役目かな。

285ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:07:05.04ID:dnw/us35
なぜ、アマテラスが女性になったかというと、
記紀が書かれた時代背景を知らなくてはいけません。

壬申の乱で、天武天皇が天下を取ったことで、自分が天皇を名乗り、
倭(やまと)国を「日本」として国号を改めました。
これは、天武天皇が伊勢のアマテラス信仰に傾倒したことによります。
壬申の乱でも、勝利を祈願して、アマテラスを拝んでいるわけです。
そして、伊勢神宮を新しく建立しています。

天武天皇の次に時統天皇が女帝として登場するわけですが、
ここで、アマテラスを女神に見立て、時統天皇はアマテラスの威光で天下を統治することになります。
その流れで、記紀が編纂されていきます。

よって、記紀には、わざわざスサノオがアマテラスを「姉」と呼んだり、女神としてのキャラ付けをしてるわけです。

286ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:12:34.33ID:Exv3/6UR
伊勢なんてアマテラスの祟りを収めるために垂仁天皇25年に建立された新しい御宮だよ。
皇室の本廟は宇佐で皇室は明治天皇まで伊勢には参拝していない。

以下、Wiki
崇神天皇6年、疫病を鎮めるべく、従来宮中に祀られていた天照大神と倭大国魂神(大和大国魂神)を
皇居の外に移した。 天照大神を豊鍬入姫命に託し、笠縫邑に祀らせ、その後各地を移動し垂仁天皇25年に
現在の伊勢神宮内宮に御鎮座した。

287ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:32:37.06ID:Exv3/6UR
天の岩戸伝説は西暦247年3月24日に北部九州で観測された皆既日食と
卑弥呼がその年に没した事を合わせて創られた神話
  
これもアマテラス=卑弥呼の重要な証拠の一つだな
 
 

288ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:32:46.33ID:dnw/us35
天照大神は男神として古代から伊勢で崇められていましたが、
女神として天照を呼び直したケースがあります。

「天照日女尊」

万葉集の長歌で、柿本人麻呂が謳ったものですが、
もともと天照大神が女神なら、わざわざ「天照日女尊」(アマテラス+ヒメ)と呼びなおす必要はありません。

『天地の初の時ゆ久方の、天の河原に八百万、千万神の神集ひ、集ひ居まして神分り、
分りし時に天照日女尊、天をば知しめしぬと葦原の、瑞穂の国を天地の、依相の極み知しめす、
神の命と天雲の、八重掻別けて神下り坐し奉りし』

柿本人麻呂は、時統天皇を意識して、アマテラスを女神として称えたわけです。

289ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:35:00.42ID:UQtwoC5D
>>1
昔若い遺跡研究者の講演を聞く機会があったけれど、
時間を忘れて話され、止めが入った時にも
まだ話したいことがあったのにと残念そうだった
そういう研究の情熱が奈良にはあるのだなと思ったわ

290ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:45:10.91ID:dnw/us35
>>286
>皇室の本廟は宇佐で皇室は明治天皇まで伊勢には参拝していない。

ウソをついても、すぐバレますよ?
あなたより、知識の豊富な人はいっぱいると思いますし。

時統天皇は、なんども伊勢参りをしてます。
伊勢神宮の建立事業をした人ですからね。

ただし、アマテラスを祭った天武・時統の系譜はこのあと途絶えてしまいます。

ttp://www.i-live.ne.jp/~jkimura/history/tenji-tenmu.html
>ところが、この「泉涌寺」の歴代天皇を祀る仏間「霊明殿」から、
>不思議なことに天武系の9人の天皇即ち、天武、持統、文武、元明、元正、聖武、孝謙、淳仁、称徳の位牌だけが除外されており、
>天智からいきなり光仁、桓武へと続いているそうである。

せっかく天武が、アマテラスを祭ったのに、後世の天皇は、伊勢神宮に参拝することを遠慮したようですね?
なぜかというと、もともと、アマテラスと天皇家は、縁もゆかりも無い間柄だからです。
天武天皇が、アマテラス信仰に傾倒して、勝手に皇祖神にアマテラスを置き、記紀神話を書かせたのです。

はい、アマテラス=卑弥呼説は、ここで完璧に論破されました。

291ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 13:50:51.44ID:dnw/us35
宇佐については、>>211で書いたように、
渡来人によって奉られた聖地です。

卑弥呼とは何の関係もありません。

関係があるのは、秦氏とかですね。
八幡神社とかね。

292ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 14:03:56.58ID:iVzESBc9
波動砲エネルギー充填
90%

293ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 14:49:21.47ID:Exv3/6UR
皇室は渡来人の王でその始祖のアマテラス(卑弥呼)も渡来人 
宇佐が皇室の宗廟であり卑弥呼の墓であることになんの矛盾もない
 

 

294ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 15:02:39.90ID:Exv3/6UR
ちなみに歴代天皇皇后は必ず宇佐参りをしている (ただし雅子妃だけは例外)
宇佐は皇室にとって朝鮮人の言う本貫の地なのだよ
  
興味深いのは宇佐の神殿のある丘の前に皇族下車の立て看板がある
天皇であれ始祖卑弥呼の墓に参る場合には徒歩で行けってことだな

神殿の丘は古墳で頂上の神殿のある場所には巨大石棺が埋設されていることが
昭和改修の際に確認されている これが魏志倭人伝に記されている”棺ありて郭なし” 卑弥呼の棺だな


 

295ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 15:27:40.73ID:dnw/us35
>>293

そういう方向性でいくわけね。
まあ、がんばれ。

296ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 15:51:08.00ID:Exv3/6UR
皇室が渡来系じゃなくて縄文先住系であったら新嘗祭で稲作を祭ったり
皇后が蚕を育てたりするわけないだろ 

三種の神器の系統からも皇室が朝鮮をルーツとする渡来系であることは明らかだよ
 
 

 

297ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/15(金) 23:34:20.03ID:FoNJwJFy
>>293
急に胡散臭くなったなw

298ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 00:24:43.47ID:jgxfSDr4
>>290
伊勢神宮は、日向の大御神社じゃないかな。

299ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 00:32:22.50ID:jgxfSDr4
伊勢神宮を三重県に置いたのは、垂仁天皇の皇女倭姫(やまとひめ)が、神武天皇が青春時代を過ごした日向の伊勢と同じような場所を探して、天照大神を鎮めたため。
高千穂峡から、五十鈴川をおりてきたら、日向市だし。
日向の伊勢ケ浜の真横に、大御神社がある。

300ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 00:40:51.76ID:jgxfSDr4
日向市の伊勢ケ浜とすると古事記にある「神風の伊勢ノ海」という箇所は、矛盾がなくなる。

さらには、伊勢ヶ浜横の大御神社の宮司は、
下記のように言っている。

平成11年に国登録有形文化財指定される前に、文化庁から言われて、神社屋根裏を見たところ、『天照皇大神宮』と書かれた祈願札が出て来た。つまり、200年前までは大御神社ではなく、そう呼ばれていた。今、天照皇大神宮と呼ばれているのは伊勢神宮内宮だけです。

301ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 00:51:46.14ID:jgxfSDr4
古事記を読むとやはり、
イシコリドメの記述も高千穂の祖母山に、
当てはまると思う。
ただ、記述のなかで、錫をおしていたが、
1つだけ、気になる点があり、
深掘りしていた。結果納得というか、
天孫降臨に、別の視点をつけれるかも
しれないと思った。
それは、錫が、何故この地域、祖母山、傾山系に、集中しているのか。そして、錫の放射性同位体の海外との変動の違いまで、つながる。

302ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 00:58:44.12ID:jgxfSDr4
『天安河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人天津まらを求ぎて、イシコリドメノミコトに科せて鏡を作らしめ、』
この河上に行けば、グーグルでも祖母山に行くのがわかる。ここは、納得したんだが、
堅石を取りが、ずっと引っかかっていた。
なぜなら、錫石は、モース硬度で、6〜7。
10はダイアモンド。6-7は、石英だから、水晶などの硬度。堅石やはないなあと、考えていた。

303ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:09:51.93ID:jgxfSDr4
納得した考察は、エメリー鉱ということ。
エメリー鉱がとれるのは、日本では、ここが日本唯一どころか、世界で、祖母山・傾山とギリシャ、トルコ、ニューヨークなど、数箇所でしか採れない、ダイヤモンドより硬いとも言われる。
ダイアモンドカッターもまけるほど。
モース硬度は9。個人的には、9-10かなと思う。
日本では、祖母・傾山系の「木浦鉱山」のみ。
つまり、古事記の堅石をワザワザ表記したのは、後世にこの石をつたえたかったかもね。
で、この石はスカルン鉱床だから、熱水が必要。

304ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:16:54.27ID:jgxfSDr4
なるほど、中国や半島、九州北部、他広範囲な場所、東アジアどころか、アジアには、エメリー鉱は、ないね。そりゃ、魏もみにきたくなると思う。

更には、このエメリー鉱は、実は、隕石の
痕跡もあるのではないかといわれている。

下記は、最近の報告で、祖母山、傾山も同じ地層帯にあるかとおもう。

2013年9月日には、熊本大学、九州大学、海洋研究開発機構の研究グループが、
網代島と同じ地層がつながる
津久見市江ノ浦のチャートに含まれる
オスミウムの濃度を分析した結果、
約2億1500万年前に地球に衝突した
隕石の痕跡が発見され、この隕石の規模は
最大で直径約8km、重さ約5千億tに及ぶと
推定されるとの研究結果が、イギリスの
ネイチャー系オンライン科学誌
『ネイチャー コミュニケーションズ(英語版)』で発表された。
これは、大きさが推定された隕石の中では、
恐竜絶滅(K-Pg境界)の原因になったとされる
メキシコ・ユカタン半島のチクシュルーブ・クレーターの隕石に次ぐ規模

305ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:21:37.28ID:jgxfSDr4
つまり天孫降臨とは、古代の人が、そんじょそこらで、みつからない堅石「エミリー鉱」を
なんとか把握しようとして、結果、
天から降ってきた、隕石や天からの贈り物などとして、祭祀を行ったことが、はじまりやないかな。

306ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:24:16.72ID:jgxfSDr4
放射性同位体は、熱により、同位体の変動は、影響を、受けやすいと思われる。
隕石の熱水を受けた祖母山系の錫石は、
雲南省の錫石とも成形過程がかわるから、
変動差もうまれるのかもしれない。

307ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 01:38:26.28ID:jgxfSDr4
エメリー鉱は、愛媛県でもとれるともあるが、
ここでは、硬度の高いコランダムやスピネルとして、捉えている。

308ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 02:33:38.28ID:iK6dMN7j
まぁ伊都(糸島)と奴国は福岡だけど、
邪馬台国だけ水行で10日もかかってそのあと陸行で1日とすると、
瀬戸内海→今の堺あたりに上陸→大和だろうね・・・

西暦100年代後半の倭国大乱以後は大和に一大勢力があった訳だから・・・

普通に考えれば、伊都(イト)なんかはそのまま糸島に比定されてるのに
邪馬台(ヤマタイ?ヤマト?)を大和にしたくないっていうのは、かなり捻くれてると思う

309ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 02:43:22.91ID:w/Qg65Oc
>>287
皆既日食なんてちょっとの間空が暗くなる程度だし、昔の人間たちが
そんな気にしたとは到底思えないな。夏場の夕立とかであっという間に
太陽が隠れて暗くなることは良くあることで、その程度の出来事だった
と思う

310ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 04:07:00.87ID:ue4zRsAv
現在のような天文学知識の無い古代の人々は、突然太陽が欠け、時には見えなくなる日食の発生を
非常に恐れた wiki
 

311ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 06:40:52.71ID:u5jButtD
アマテラスと卑弥呼は無関係なので、日食を考察しても無意味です。

312ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 12:49:30.68ID:u5jButtD
桃の実について解説しましょう。

日本神話では、「黄泉の国」のエピソードで登場します。

死んだイザナミを取り戻すために、イザナギは死者の国に行くわけですが、
すでに死体となったイザナミに恐れおののいて、イザナギは逃げ出します。
怒ったイザナミは、化け物たちにイザナギを追いかけさせます。
イザナギが、黄泉比良坂の坂下まで着いたときに、そこにあった桃の木から桃の実を三つ取って投げつけてやると、
化け物たちはみな逃げて行きました。

このように、桃は神聖な果物で、穢れを追い払う効能があると思われていたわけですね。
中国の神仙思想とか、道教から来ています。
遺跡から大量の桃の種が見つかったということは、
第一に桃を食べれば健康で霊力もつくだろうという考えがあったことが伺えます。
桃太郎の話しも、元は桃を食べたじいさんばあさんが元気になって、子供を授かったという話しです。

卑弥呼の鬼道がどのようなものであるかはわかりませんが、鬼は「霊」を意味するので、
死者を弔うという意味で、黄泉の国の神話と通じるものがあります。
ざっくり言えば、生きてる間は桃を食べて健康に暮らし、死んだものには桃を供えて弔う、
そういった儀式が執り行われていたでしょう。

313ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 12:58:54.29ID:u5jButtD
モモと名のつく巫女が、ヤマト王権に実在します。
ヤマトトトヒモモソヒメという名前で、
埋葬された箸墓古墳は、3世紀では最大級の前方後円墳です。
当時の大王の墳墓よりも大きな墓を、ひとりの巫女を弔うために作られました。
ということは、その巫女は、当時の大王よりも強大な権力を持っていたことを表します。

はやいはなしが、ヤマトトトヒモモソヒメが卑弥呼であり、
箸墓古墳が卑弥呼の墓であるわけです。

ちなみに、後を継いだトヨは、「トヨスキイリヒメ」という名前で、日本書紀に登場します。
崇神天皇の皇女で、天皇の命で天照大神を祭った初代斎宮です。

はい。もう、答えが出てしまってますね。
もう、何十年も前から、答えは出ているのですが、九州説の人だけが無知無教養なために、
納得してくれないというのが現状ですね。

314ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 13:27:46.99ID:u5jButtD
畿内説の人でも、
アマテラス=卑弥呼という認識で語る人もいるので、話しがややこしくなってしまいます。

アマテラスというのは、太陽神の名前ですが、
太陽神の依代としての鏡を祭器として祀ったのが、卑弥呼の後を継いだトヨです。

卑弥呼と呼ばれた、ヤマトトトヒモモソは、三輪山のオオモノヌシを祭った巫女ということになります。
オオモノヌシというのは、国津神であり、国譲りをさせられた神の代表格です。
出雲のオオクニヌシの分霊みたいなものをヤマトで祀ってるわけですね。
ようするに、国家の繁栄を祈願して、地鎮祭みたいなものを、卑弥呼は行なってたわけです。
霊を沈めるために、桃の実が供えられました。

そんなわけで、日食は関係ありません。

315ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 13:39:13.73ID:u5jButtD
オオモノヌシを祀っていたモモソヒメ(卑弥呼)と、
アマテラスを祀ってたトヨスキイリヒメ(トヨ)は、
それぞれ、崇神天皇の時代(3世紀)に、平行して祭祀を行なっていました。
モモソヒメは、崇神天皇の伯母で、トヨは、崇神天皇の娘です。

ヤマト王権の主祭神はオオモノヌシで、モモソヒメが祀っていたわけですが、
モモソヒメは高齢だったので、先にモモソヒメが亡くなり、
崇神天皇の娘のトヨが、アマテラスを祀り、ヤマト王権の祭祀を引き継ぐことになります。
ところが、アマテラスの神威が強すぎるというので、ヤマトから追い出してしまいました。

というのは、巫女による祭祀で国家を運営するのではなく、
崇神天皇の実権で国家を運営することに方針転換したという意味です。
ここに、実質的なヤマト王権がスタートするわけです。

316ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 14:15:04.71ID:KKi6DxTn
いやぁ
モモソヒメの祖先は九州の日向からきたのかもしれん
その祖先に卑弥呼=アマテラスがいたのかもしれん
古墳は短里だと考える
年代がずれてたらあり得る話しになる

物証だ
巻向遺跡の物証プリーズ
年代測定は誤差が大きいから複数例が必要だ
この業界捏造もあったしな
少しでは信用ならん

317ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:03:04.50ID:u5jButtD
>>316
>この業界捏造もあったしな

放射性炭素年代測定のことでしょうか?
無知な人は、すぐ科学的な証拠を捏造だと言うものです。

考古学者は放射性炭素だけを根拠に年代測定をしているわけではありません。
地層を細かく調べ、地層から出てくる土器の形状を調べます。
土器の形状は、地域や時代によって細かく区分されます。
土器の形状が時代によって変化する様子を詳しく編年することで、
放射性炭素を使わずとも、土器の作られた年代は絞り込むことができます。

土の成分から、土器の作られた場所もわかります。
ヤマトには、近畿を中心として、吉備や東海地方で作られた土器が出土します。
邪馬台国が存在した3世紀のヤマトでは、
近畿を中心とした広い範囲で、人や物の移動、交易が行なわれていたことがわかります。
もっと昔の銅鐸を作っていた頃でも、東海で作られた銅鐸が出雲に奉納されていた様子もわかっています。
弥生時代後期のクニは、分裂していたのではなく、より強化な結びつきをしていたことがわかっています。
ヤマトは交易の中心地として、邪馬台国の時代に繁栄していたことは、否定しようがありません。

318ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:18:41.85ID:u5jButtD
ヤマトにある唐古・鍵遺跡は、弥生時代中期から隆盛を極めた環濠集落です。
規模としては、全国から見ても最大級です。
古墳時代前期にいたるまで、細かく発掘調査されています。
弥生時代から古墳時代まで、何か戦乱があって荒廃したような痕跡はありません。

つまり、弥生時代から古墳時代まで、神武東征や、邪馬台国東遷を思わせるような戦乱は起きていない、
ということがわかっています。
ヤマトという土地は、弥生時代から連続的に発展してきた土地なわけです。

319ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:24:07.00ID:u5jButtD
唐古・鍵遺跡の場所は、奈良県磯城郡田原本町にあります。

そして、ヤマトトトヒモモソヒメの父は孝霊天皇で、居城であるその黒田廬戸宮は、
奈良県磯城郡田原本町黒田周辺とされています。

ということは、孝霊天皇は、唐古・鍵遺跡の王であり、
ヤマトトトヒモモソヒメは、そこで育った娘であることがわかります。
孝霊天皇は欠史八代とか言われて架空の天皇扱いされることもありますが、
遺跡としては、そこに現実として存在しています。

320ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:33:16.42ID:iF6dU1uh
もうそろそろこの馬鹿っぽい論議やめにしね?

321ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:35:48.08ID:ue4zRsAv
魏志倭人伝に卑弥呼の墓は徑百餘歩の無槨塚と書いてあるのに
わざわざ有槨の前方後円墳でおまけに馬具まで出てる箸墓を持ち出して
卑弥呼の墓などという主張をするのは余程の無知の輩だなw
 

322ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:44:12.26ID:u5jButtD
文献に何が書いてあろうが、遺跡として物証が存在しなければ、
文献の内容は信憑性が認められません。

魏志倭人伝原理主義者は、魏志倭人伝一語一句を事実と考えているようですが、
それは古代史研究のアプローチとして、間違っています。

物証が存在して、はじめて、文献の内容が正しかったと認められるのです。

323ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:45:46.16ID:ue4zRsAv
馬具はどうなるんだい 3世紀の日本に馬は居ないぞw

 

324ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 16:49:25.51ID:u5jButtD
>>323

馬具は、捏造とは言わないのですね?
なぜでしょう?
誰かがわざとそこに埋めたのかも知れないのに?

325ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:09:01.91ID:u5jButtD
ttp://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kodai/toukaku-top.html

>平成22年、邪馬台国の中心地とも言われる奈良県纏向遺跡から、
>2,765個のモモの種(桃核)が出土したことが報じられましたが、
>実は岡山県でも約10,000個ものモモの種が弥生時代の遺跡から見つかっているのです。

岡山でも、弥生時代に桃を栽培してたわけですね。
奈良と、結びつきでもあったのでしょうか?

はい、あります。

ヤマトトトヒモモソヒメ(卑弥呼)の弟として、彦五十狭芹彦命(キビツヒコ)がいます。
この人が、古代の吉備の王でした。
現在も、吉備津彦神社として、祀られています。
そして、岡山といえば、桃太郎ですね。桃太郎のモデルは、ずばり、キビツヒコと言われています。

魏志倭人伝に、卑弥呼の男弟が登場しますが、キビツヒコがその人です。
ヤマトの政治を補佐していたのが、吉備国だったことがわかります。
ということは、魏の使いも、大和に向かう途中で、吉備に立ち寄ったことでしょうね。
投馬国=吉備国というのは、かなり確率高いでしょう。

もう、とっくの昔にここまでわかってるのですから、悪あがきしないでくださいね。

326ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:09:23.36ID:pX9FPCCZ
俺も前方後円墳は無いと思うけどもし大和政権が卑弥呼の子孫でもとあった場所から移したなら最初の墓が見つからないのはつじつまが合う

327ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:20:17.76ID:gFtS0eSZ
どうでもいいよ
今でも歴史コロコロ変わって信用できんわ

328ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:22:23.86ID:u5jButtD
また、前方後円墳に奉納された特殊器台・特殊壺は、吉備地方で発達した土器になります。
このことからも、吉備国は、祭祀の方面でも、ヤマト王権を補佐していたことがわかります。

このように、物証があって、文献の信憑性が担保されるのです。

329ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:47:56.34ID:u5jButtD
たとえ、箸墓古墳が卑弥呼の墓でないにしろ、
ヤマトには、他にもホケノ山古墳が存在します。

箸墓古墳より古い古墳として、ホケノ山古墳という前方後円墳があるので、
年代が信じられないと言ったからってどうにもなるものではありません。
邪馬台国の時代に、ヤマトには、前方後円墳を作る王権が確かに存在していたのです。

そしてホケノ山古墳からは、画文帯神獣鏡が出ています。
実はこれこそが卑弥呼のもらった鏡で、ホケノ山古墳が卑弥呼の墓だと言っても別に問題ありません。

330ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 17:59:49.98ID:ue4zRsAv
邪馬台国近畿説派は箸墓がダメならホケノ山か 適当でいい加減だな
なにが 別に問題ありませんだwww

331ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 18:49:13.57ID:u5jButtD
ぶっちゃけ、畿内説は、奈良盆地のどこかに卑弥呼の墓があればいいだけです。

九州説みたいに、佐賀だ福岡だ宇佐だ日向だと散漫な説ではありません。

332ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:16:35.80ID:US2J6QNl
>>308
これも古事記から、疑問点があり、掘り下げた箇所なんだよね。

333ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:19:20.11ID:US2J6QNl
>>332
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月

ここのところで、よく1ヶ月と認識して、
かなりの距離になるとおもうけど、
本来は、水行二十日より短い日数と思う。

334ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:25:19.15ID:US2J6QNl
>>333
古事記の没年月日を全て見て欲しい。
その月で、15日をこえて、例えば、
6月18日など、記載されていない。
それは、偶然ではなく、中国の暦を利用
していたから。

335ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:39:38.38ID:US2J6QNl
>>334
春秋時代の「尚書」、西漢時代の「淮南子」で確立されたもの。2016年にユネスコの無形文化遺産になったものが、関係していると思う。
中国の古代農暦は、春夏秋冬の24節気をつくり、五日を一侯、三侯を一気として、節気を作り出した。一年72侯24節気として、黄河流域で、生まれた典型的な北方気候が、ベースです。
三侯とは、十五日なります。これが一気で、
一年を24に分けれます。この24節気を図に書いたものは、陰陽図にもなります。しらべたら、
そのように見えるのがでてくるよ。
で、節気から次の節気の前日までの間を1か月とする月の区切り方を節切り、節月という。

つまり魏志倭人伝の暦は、この24節気だとしたたら、1月とは、15日としてみてもいいと思う。

336ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 22:43:20.72ID:US2J6QNl
>>335
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月 は、
水行十日陸行十五日とみてみると、また、違う箇所へ行くのかな?

337ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:14:42.78ID:VDx/nTVw
ここで邪馬台国論争してるのか、
やまたいと読むのは不自然で、やまとと読むのが自然で大和で畿内説が有力だろうけど
今のソウルから対馬壱岐を経由して糸島や博多あたりは誰も疑問視してないし正解なんだろうけど
畿内説だと出雲や吉備が出てこないのが不思議だ。投馬国を出雲と言ってる人はいるにはいるけど
それに倭人の風習が出てくるけどあれっていかにも海の民で九州、朝鮮半島のことだろうし、なかなか辻褄があわないね

338ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:30:48.28ID:VDx/nTVw
>>336
私の素人意見だけど、例えば陸行1ヶ月って途中の集落や開けた土地で数日過ごすとかも含めてる可能性もあるのではと
考えている。

339ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/16(土) 23:33:22.25ID:HvkHz2rF
たしかに出雲に邪馬台国が有っても変じゃないかも

340ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 05:24:58.16ID:Hlm6JFfR
卑弥呼がどうのこうのと言う前に、桃の種が沢山見つかったんなら、
そこの土地が桃の産地だったってだけだろ。中国から桃の種を持ってきて
ここで栽培を始めた。卑弥呼は桃が大好きだったんだろうな

341ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 09:27:13.79ID:dGwBFjmL
>>340
>桃の種が沢山見つかったんなら、
>そこの土地が桃の産地だったってだけだろ。

桃の産地に桃の種が残るのか?
桃は消費地に運ばれて、そこで食べられ、種はそこに残ると考えるのが普通だろう。

342ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/17(日) 21:50:46.36ID:cI5MnBw7
>>338
水行とかは、やみくもに行くわけでなく、
特に、古来の要所を経由していくと思われる。
交易盛んなところ、必然的に、
波が穏やかとかね。

343ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 00:41:23.11ID:mbztrwNk
倭国の大乱は、
公孫度が189年に、遼東太守になり、
203年に帯方郡を初めてつくる。
それまでは、韓や倭の抵抗があり、半島も荒れていたと思う。
この時期は、公孫度の軍も半島南部にきており、また、半島南部には、倭があったような記述もある。スサノオが、荒れて書かれている背景は、後漢滅亡からの帯方郡が置かれる間の政治的混乱で、個人的には、先進的な技術集団を
つれてきて、北九州まで、攻めていたかと思う。

344ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 02:22:33.82ID:aCGoxkuR
当時の先端技術は中国の戦国時代に始まった鉄の鋳造技術だな
石器しか持たない縄文人や青銅器武装の弥生系などは鉄で武装した
連中には歯が立たんだったろう

345ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 17:29:47.77ID:jJVXbPau
>>309
そうなんだよね、鏡作れと命令されて作る時間があったようだし。鬼海カルデラ噴火災害の記憶だろ。

346ニュースソース検討中@自治議論スレ2018/06/18(月) 17:32:34.29ID:jJVXbPau
↑修正。鬼海カルデラは取消し

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