「吉田照美のやる気MANMAN!」まではノンポリ・おバカ路線で突っ走っていたが、
朝のニュース・情報番組「吉田照美 ソコダイジナトコ」を担当しておかしくなった。
「ソコトコ」も最初は手探り状態で、照美はコメンテーターの意見に相づちを打つ程度だったが、
コメンテーターの内田誠・アーサービナード・江川紹子等に鍛えられ、次第に意見がそっち寄りに。
上杉隆(彼はリベラルというよりは反既得権益)との関係でより意見が先鋭化。
東日本大震災の原発事故が決定打になり、「ホントの事を伝えなきゃ行けない」というジャーナリスト魂に火がつき、暴走化。
番組は完全な偏向報道に陥り(文化放送報道部も元々リベラル系)手がつけられない状態に。
ラジオ福島でのネットが打ち切られ、一方TBS系MBSラジオの「たね蒔きジャーナル」と結託。反原発番組の急先鋒になる。
次いで、東京新聞副主幹(当時)の長谷川幸洋をゲストコメンテーターに起用。
「ホントに私でイイの?」と長谷川の主義主張を知らないで「(反原発の)東京新聞だから」と番組に引っ張り込む。
とうとう「ソコトコ」は打ち切られ、リハビリも兼ねて夕方の娯楽番組を任されるも、そこでも怪電波を発しまくる。