1月6日(日)朝日新聞東京版朝刊総合3面・日曜に想う

編集委員 福島申二   「上からの弾圧」より怖いのは

天気図に縦縞が並ぶとき、季節風は雪を降らせて山を越え、関東平野で空っ風になる。
去年の師走の一日、吹いてくる風に向かうように電車に乗って、長野県の上田市を訪ねた。

関東の冬晴れが、軽井沢を過ぎるあたりから雪催いになった。故・金子兜太さんが
揮毫して昨年2月に除幕された「俳句弾圧不忘の碑」は、冬枯れた丘の木立の中に
静かに立っていた。

俳句弾圧とは、時局にそむく作品をつくったとして、1940年代に治安維持法
違反容疑で俳人が相次いで捕らえられた事件をいう。「不忘の碑」の説明文によれば
少なくとも44人が検挙された。

碑には弾圧を受けたうち17人の句が刻まれている。その一人、渡辺白泉は今月30日が
没後50年の命日になる。白泉の名は知らなくても、この句は知っているという人は
多いのではないか。

 〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉

いつしか忍び寄ってきた戦争が、気づけば暗がりにぬっと立っている。戦慄的な暗喩の
句は、昭和の戦争のイメージを呼び覚まして不朽である。

もう一つ、応召して水平になった横須賀海兵団時代の句も忘れがたい。

 〈夏の海水兵ひとり紛失す〉

海に落ちるかして水兵が行方不明になったのだろう。それを「紛失」と表すことで、
人がモノのように扱われる非情さを万の言葉にも増して暗示する。

(続く)