【産経抄】“没後”38年後の訃報 12月18日
 原爆投下の2週間後だった。海軍兵学校から愛媛県の実家に復員する16歳の少年は、広島駅で1泊する。街は破壊し尽くされていた。焼け跡を眺めていると、無数の小さな炎に気づいた。
死体から流れ出たリンが燃えていたのだ。まさに世界終末の光景である。そのとき、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。

 ▼戦後、売れっ子脚本家になった早坂暁(あきら)さんに、吉永小百合さんから声がかかった。
「私に何か書いてください」。早坂さんに広島駅の一夜の記憶が蘇(よみがえ)った。赤ん坊は名作ドラマ『夢千代日記』の主人公になった。

 ▼吉永さんが演じた夢千代は、山陰の小さな温泉場の芸者である。特攻隊員と結ばれた母親は妊娠中に広島で被爆していた。「私はもう、なおらない病気をもった人間です。
ですから誰かの力になりたいのです」。夢千代は胎内被爆の後遺症に苦しみながら、どこまでも人にやさしい。

 ▼『夏少女』という作品のモデルは、3歳下の妹の春子さんである。捨て子だった春子さんは、実の子として育てられた。
原爆投下の当日広島にいた春子さんは、行方不明のままである。出生の事情を知り、「兄さんに思いを伝えたい」と、早坂さんを兵学校に訪ねる途中だった。

 ▼原爆の悲劇を深く静かに訴え続けた、早坂さんの突然の訃報が届いた。88歳だった。早坂さんは50歳で『新・夢千代日記』を執筆中に倒れた。
胃潰瘍で胃を切り、心筋梗塞の手術の準備中にがんが見つかった。死を意識した早坂さんが企画したのが、生前葬である。

 ▼先頃コマツ元社長の安崎暁(あんざき・さとる)さん(80)が、新聞広告で自身のがんを公表し、盛大な「感謝の会」を開いて話題となった。早坂さんのがんは後に誤診とわかり、“没後”も仕事に打ち込んでいた。

?2017 The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL All rights reserved.