フィルム撮影の時代劇を守れ!!
かつてはフィルム撮影だった時代劇もどんどんビデオ撮影が進み、もはやフィルム撮影の時代劇は絶滅寸前。
しかし、フィルム撮影の時代劇にはビデオ撮影の時代劇と違い映像に深みや味わいなどの落ち着いた美しさがあります。
ビデオ撮影の時代劇が横行する現在ですが、かすかに残るフィルム撮影の時代劇の灯を守るために大いにここで語ってください。 NHKは現代劇も時代劇も昔からカメラ撮りのイメージある
>>760
TBSで90年代後半に作られたカメラ撮り作品をBSでたまに見てるが
画質は70年代とあまり変わらんような。十津川とか浅見とか テレ朝TV時代劇は2000年代に入り19時台へ移行してもフィルム撮影を守り続けてたな。
同時期のフジは剣客がカメラ撮影になったけど鬼平はフィルム撮影のままだったか 北大路版剣客商売、最後までフィルム撮影を守ってくれたらよかったのにな…。
途中からビデオ撮影に変わったのでそれから見なくなった。 藤田まことは、フィルムじゃないと時代劇に出ないなんて言ってたが、
ビデオ版剣客とか、NHK大河に出たからな。
カメラに拘ってたら、そもそも時代劇なんて撮れなくなる。
まあ実際、時代劇は終焉したけどな >>789
必殺や暴れん坊将軍、最後まで昔ながらのフィルム撮影を守ってくれたら
よかったのにな…。
途中からビデオ編集(テレシネ)に変わったのでそれから見なくなった。
必殺は91年の仕事人激突でビデオ編集へと変わったけど同年の暴坊Wは
まだまだ昔ながらのフィルム撮影だったよな・・・
BS朝日で暴将Wを初めて見たけど90年代に入ってからの作品なのに評判記
同様、音がこもってたのが衝撃的だったw >>792
最晩年の「JIN-仁-」もビデオ撮影だったな。
降板からしばらくして亡くなっちゃったけど 日本(アジア)で唯一の8ミリフィルム現像所が存続の危機です。
- CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
https://camp-fire.jp/projects/view/505585 日本(アジア)で唯一の8ミリフィルム現像所が存続の危機です。
- CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
https://camp-fire.jp/projects/view/505585 結局目的金額達成できなかったんだな。
でも今からでも見返りはいらないから現金書留とかでも寄付できないかな? >>805
新しいフィルムカメラが開発されることは嬉しく心強い。
課題は値段だな。手軽に購入できる廉価な値段になって欲しいよ。 何で撮ろうが換骨奪胎のチョンマゲ刑事ドラマしか作れないなら昔の再放送で充分だわ。 まあフィルム撮影の時代劇の新作が作れないのなら過去の作品で我慢するしかないな。
というか過去の作品の方が面白いし。 >>793
個人的には撮影がフィルムであればビデオ編集はまだ我慢できる。 https://gendai.media/articles/-/101216?imp=0
必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』(高鳥都/立東舎)
必殺シリーズの舞台裏をめぐる逸話は多い。
殺し屋たちの二面性を象徴するかのような光と影のコントラスト、陰影の濃いシャープな映像こそ『必殺』の代名詞だが、そこには当時の京都映画(現・松竹撮影所)のオープンセットの老朽化という事情があった。
あるいは新たにセットを建ててもあまりに貧弱だった。「粗を隠すための光と影」という話は、もはや必殺スタッフ鉄板の持ちネタである。
実際に作品を見てみると全編が光と影というわけでもなく、屋内のセットは手堅く作ってあるが、たしかに撮影所のオンボロさは端々に感じる。前述の『仕掛人』第1話は地上げを題材にしたエピソードであり、
スクラップアンドビルドで古い建物をぶっ壊すシーンを敢行。クライマックスの殺しが行われる草ボーボーの空き地も、「閑古鳥が鳴いていた」という撮影所の実情を浮き彫りにしている。
テレビゆえの予算と週1本のスケジュールで東映や大映の映画に比べてセットが見劣りすることもあるが、そんな状況を逆手に取って若きスタッフたちが「邪道」と批判されながら作りあげた表現こそ、
あの光と影の映像というわけだ。被写体の背景をボカす望遠レンズの多用も、現場の制約による産物であった。
そして「必殺シリーズ」は、映画界の斜陽によってテレビに活路を求めた監督や脚本家の受け皿となった。各社で活躍していたスタッフ陣が次々と参入し、ときに時代劇の常識まで打ち破り、腕を競ったのだ。
「必殺シリーズ」がなければ、京都映画……旧松竹京都の流れを汲む撮影所は潰れていたとさえ言われている。 当時のテロップを新しいものに入れ直さなきゃいけないくらいリマスターて要るか? 風間杜夫って大川平次に四回もゲスト出演しているんだな。
それでいずれもいい役。このことが後の風間平次につながったのかな? アイフルのカンフー女将のCMって一瞬フィルム撮影かって錯覚してしまう。 明日からBS−TBSで水戸黄門第1部が始まる。
当然フィルム撮影だし、俺が生まれる前の作品だからどんなものか楽しみ。 淀川長治
久しぶりに見るけんらんたる“時代劇”である。それも腹を切ったり日本刀を振り回して馬に乗って走ったりせぬ“絵師”の、それもいっさい謎でわからぬじまいの写楽を主人公とした美術をさぐる時代劇。
見ていると、まことにぜいたく。衣装(朝倉摂)がいい。美術(浅葉克己)が見とれさす。それに四国の金丸座を巧みにロケで用い、江戸の芝居小屋のムードも出た。効果は歌舞伎の中村富十郎をはじめ芝雀などと、本物の人たちが協力出演をしており、その劇中劇、たとえば「暫」「助六」などその美しさ圧巻。撮影(鈴木達夫)がカラーの使い方にこっているのもわかり
、時代考証(高津利治)という時代劇で最も肝心なことにも教えられる。
この映画が写楽を主人公としているゆえに、その絵を売る版元の「蔦屋」(フランキー堺)がこのような絵師たちをかかえて、このように市場に絵を売り、ときにベスト・セラーを狙ってきわどいあぶな絵を描かせて、それで発禁をくらい家にいて手錠をはめられた刑を受ける。
これは芝居などではなわに手を後ろ手に縛られた。そしてその上から衣服を着る、家にいての刑なのでオシッコは誰がさすかとそんな心配までする刑だが、それもこの映画に出てきた。この時代劇、ひところの昭和のころの衣笠貞之助が監督して見せたらとも思い、この時代劇のぜいたく、溝口監督が手掛けたらとも思い、知らざる思いをさせる久しぶりの“豪華時代劇”。
ところが肝心の写楽がよくわからない。これは無理からぬこと、もともと写楽は今もってなぞのまま。それで芝居も小説も何度この写楽を取り上げようとしたことか。そのことごとく失敗。この映画では、舞台でとんぼをきるエイヤッのあのとんぼ(真田広之)をこれと見せたがはっきりしない。今さらロンドンフィルムのコルダ監督の「レンブラント」(1936)が恋しい。
フランキー堺よろしく篠田正浩監督よろしく花形総出演も目を楽しませるが、「写楽」と題して写楽を見失ったことが歯痒い。しかし近ごろ、最美のこれは時代劇。 銭形平次を立て続けに見て、奇麗だと思った。顔では無く所作がです。
着物の着方、帯の締め方、裾のはしょり方等。
手を袖の中に入れて、腕を折っている姿が有るのですが
他の人とは奇麗さが全然違います。
テレビ時代劇のタレントさん達、着物の着付けを何とかしなさい。 原作 ・・・サディズム
雷蔵版・・・ダンディズム
田村版・・・ナルシシズム
片岡版・・・マゾヒズム 東映京撮は松竹と比べて技術が継承出来てないって看板役者だった松方弘樹が嘆くくらいだからな
東映京撮は人使いが荒く下手すると殴る蹴るのやくざまがいの言動のスタッフが多く下の世代に伝統を引き継ぐ気などさらさらない
そんな職場だから若い衆もいつかないし育たない
役者もそんな口うるさいスタッフのいる東映京都現場は嫌がるし、東映時代劇が廃れていったのは自業自得の面もある
一歩、松竹はアットホームな雰囲気でおまけに役者もキレイに撮ってくれるので嫌う人もいないそうな
伝統も若い世代にきちんと引き継がれている
松竹は光と影のライティングが巧みだし松竹制作なら正和もあんなに老体晒すこともなかったと思う 本作の松方は、武士としてのたたずまいや立ち回りの凄味で並居る人気若手俳優たちを圧倒していた。
「立ち回りは、いきなり現場ではできませんよ。彼らは刀を持ったことも、差して歩いたこともない。袴も穿いたことがないから、5回も座ったらケツが出ちゃって、そのまま引きずって歩いているもんね。13人を演じた俳優は僕の立ち回りをみんな見に来ていましたが、見ててもできないです。
しかも、あの立ち回りは『動』ばっかりで『静』がない。ですから、僕のカットでは絡みに『俺がジッとしたら動くな』と指示しました。止まるから、初めて動いたスピードも早く見える。
だから、僕の所だけ違うんです。でも、『動くな』と言っても、みんな逸るんですよ。立ち回りはちゃんと絡みができる俳優が本当にいなくなった。
ただでさえ芯の出来る主役がいなくなっているのにね。両方が下手なんだから、今の時代劇は見てられないわね。酷い。
昔の映画の所作事が素晴らしいのは、時間をかけているからです。時間というのはお金です。お金があったら、もっと画はよく撮れます。僕らの若い時はテストを20回もやってくれましたが、今は1回か2回ですからね。それでは上手くなりません BS-TBSの水戸黄門、今日から41部か。
昨日で3部が終了したから今日から4部と思っていたからがっかり。
またビデオ撮影の水戸黄門か。 @フィルム撮影→ビデオ編集
昔はフィルム撮影から普通の編集でしたが、最近はフィルムをビデオ編集しているそうです。ビデオ編集は通常の編集より遥かに効率が良い上ビデオ編集によりフィルムがほとんど劣化しないそうです。
しかしながらやはりマスターテープにはビデオっぽさが混じってしまいます。
A16mmフィルムから35mmフィルムへ
もう一つの理由は最近のフィルムは35mmフィルムだからだと思います。昔は痛みやすく暗い16mmフィルムばかりだったので独特の味が出てて私も良かったかと・・・。
しかしながら16mmフィルムは時が経つだけで劣化するので、保存に難有り、それに加えて35mmフィルムは半永久的な保存が可能なので最近は専ら35mmフィルムになっているようです。
確か昔の映画(宮本武蔵かな?)でわざと16mmフィルムで撮影し迫力を出すという工夫があったと記憶しています 東宝グループの株東京現像所が任務を終了 解散するまであと4日、
現存している2万本のフイルムへ対して引き取りしてくれる業者は
現われないものか!?汗 読者の皆さま投影化学工業やIMAGICA
それにソニーPCLと旧横浜シネマ各社のフイルム本数調査も大至急
おながいします!!土下座 11/28 AM6:58 >>825へ対しての回答=同じグループの東宝ライブラリー社が所有者不明の
フイルムを引き取ってくれるみたいでよかったX2○
気になるのが「しんちゅあん」やドラえもんのVTR収録の部署だが、
「さざえ」のグロービジョンみたくAPUが自ら担ってくれないかなあ?
表示がTOHOスタジオだったら天地がひっくり返そうだ汗 フィルムよりもエンドテーマが・・・ ジプキン以外に変えたら許さねえぞ 昨日の笑点で友近の漫談をやっていた。
その中で1987年頃から大映ドラマから距離を置くようになったと言っていた。
理由としてフィルム撮影からビデオ撮影になったからと言っていた。
フィルム撮影は映像がおどろおどろしくてそれでドラマに引き込まれるけど、
ビデオ撮影は画面が明るくて興ざめといっていた。
友近、よくわかっているじゃないかと思ったよ。